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今日、昔撮ったビデオ映像を探していたら
震災直後、弟や義妹が撮っていた 倒壊した実家や周辺の街並みの映像がが出てきました。

1月22日の映像 2月26日からの映像。


息子がなくなった場所(がれきの中)の映像もあり
なんだかとても 苦しくなりました。

でも、娘のドキュメンタリーの映像に使えるかな?
って、かなり客観的に見ていたので
泣くこともなくみることができました。

そして、1年4か月たった時
住んでいた家や遊んでいた公園を撮影した映像も出てきました。

息子が遊んだ場所の思い出やその時の息子の様子を
解説しながら記録している私。
娘や主人もそばにいるのに
その娘の様子は、ほとんど撮影されていません。

ちらっと映っていたのは、娘が走り回っている頭が
時々ちらっと映っているだけ

あのころの私は、日々薄れゆく息子の思い出や記憶を
消したくない 記録しておかなきゃという気持ちが
大きかったのかもしれません。

かわいいはずの娘なのに
何で、私は娘にカメラを向けてないのかと
あのころの自分の想いを思い出しながら

それでも、どうか、娘を撮影していてと
祈る気持ちで映像を観ていました。

でも、やっと映った娘だったけれど
会話は、息子のことばかり。

それだけ息子を失った悲しみの中で
娘に想いを寄せずに育てていたんだということを改めて知りました。



今の私、人から見ると子供を失ったって誰もわからない生活をしています。

テレビなどで私のことを知った人にも
そんな経験をしているなんて全く分からなかったって
いつも言われます。

あの当時の私を知っている人たちは
私が笑えるようになることを想像できなかったでしょう。

悲しみの中でいつもそばにいてくれた友達。
映像の中では、友達が、普通に
「しょうくんも一緒だよね」って言ってくれていました。

そのことに感謝する気持ちも持てないほど
すべての感情が息子に行っていました。

何年も私は、元気になれない なりたくない
元気に生活できるようになることは
息子への想いが消えるということだ

私はずっとずっと悲しみの中で生きていく
ずっとずっと泣いて暮らす
ずっとずっと笑うことはないと思って生きていました。

幸せな友達家族をねたみにねたみ
幼い子供や妊婦さんに対して
私の前に現れてくれるな!って心で願い
子供が街でうろうろする夏休みや春休み
そして、連休には、家に閉じこもり。。。苦笑

子供を失ったのに前を向いて歩こうとしている人を
信じられない!って非難し。。。。汗

でも、息子のことを大切にしてくれるお友達は
それだけで無条件に「いい人」として受け止めていました。


自分と同じ悲しみの人 同じ思いの人を探してきました。

同じように子供を失った人 しかも双子の一人を失った人
そして、自分を責めている人 自分が生き残ったことを責めている人を。。。。
前を向いて歩く人を拒否している人を探していました。

少しでも前を向いて歩き始めた人に対しては
信じられないって 全否定していました。

そんな日々を何年も過ごしてきました。

そんな状態から
いつどうやって 一歩ずつ歩き始めることができたのかは
覚えていません。

振り返って気が付いたら
少しずつ気持ちが変わっていたということ。

毎年、1月17日が この1年を振り返る日でした。
過去しか見れない日々。

明日のことも 未来が来るということも考えられず
次の1月17日も想像もできない日々。

来年の1月17日も こんな風に1年を振り返るのかな?って
思い始めたのは、2000年を過ぎたころだった気がします。

私がホームページを作った時です。

そこからは、日々のいろんなことを「日記」のページで
更新していきました。

今みたいに SNSやブログがあったら
もっと、気軽に更新できたかもしれません

息子への想いも 娘への想いも。。。。

それでも、ビデオがあったので
その時の想いを記録することができてよかったと思いました。

実は、こんな風にビデオで記録していたこと
すっかり忘れてしました。。。。というか
この映像を観ても そんなことをしたいたことを
全く覚えていません。

がれきになった実家の映像を観て
悲しみだけの日々を振り返り思うことは
あのころの私は、今の私を軽蔑するだろうなということ。

何で、笑ってるの?なんで、前向きなの?何で、まだ生きてるの?
って。。。。 元気にならないって誓っていたはずなのに なんで?って。

でも、あの頃の私は、その後の私を知らない。
何で、私が笑っているか なんで私が前を向いて生きれるようになったか
なんで、今も生きているか、、、を。

あのころの私が、それらを知ったら 今の私の気持ちがわかる。
でも、そういっている 今の私のこと、嫌いかも(笑)

あのころの私が、今の私を理解してくれたとしても
他の人はそれを理解できないだろうな。
だって、私の生きてきた方法だから。

私が、悲しみの中でやっと見つけた
私だけの生き方だから。。。。。。

私の生き方を理解できないという人もいるかもしれないけど
仕方ないよね  だって、その人には、その人の生き方があるんだもんね。

みんな悲しみの中で、それぞれがそれぞれの生き方をしている。
それを認め合うことができるようになった。

それが、「20年」という時間なのかもしれないって思います。
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2014.09.14 Sun l ママの想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
今日は、友達と夕食食べてきました。

震災で子供を亡くしたママやパパ。
そして、きょうだいを亡くした子供たち。


そして、実家が全壊したことがきっかけで
東京でずっと震災を伝える活動をしてきた親子。

それぞれが、それぞれの想いの中で
必死に生きてきた中で出会った私たち。

震災に会うまでの生活も
震災の時の状況も その後の生き方も
全く違う私たちですが

その「違い」を超えてつながることができています。

「違い」を受け入れることができるみんなと過ごす時間は
とても、安心の中で過ごすことができます。

自分と違う想いや考え方を「批判」ではなく
そんな感じ方や考え方があるんだねと
受け入れてくれる友達の存在って本当にありがたいです。



私たちが、出会ったころは、小学校の低学年だった子供たちも
もう、大学生に。。。。

子供たちは、毎年、年に一度 1月17日に会うだけ。
夏に会うのは初めてでした。

大人たちも、1月17日前後は、みんなピリピリしていて
心に余裕もないけれど

今日は、そのピリピリ感がなく
楽しい時間を過ごすことができました。

子供たちは、明後日 USJに行くそうです。

女の子2人に男の子1人。

私が頑張って生きてきた中で生まれた
素敵なつながりです。

震災から 20年を前に
震災を次の世代にどうつなげるとか
防災についてとか よく話題に上っていますが

私たちにとって、この20年間は
大切な子供を失って 生きる気力も失い
どう生きていいかもわからない状況から

ただ、生きるだけ ただ、息をするだけで
精一杯の日々の中で 必死に生きてきた時間。

多くを語らなくても
それらをわかりあえる そんな友達です。

20年頑張って生きてきて
子供を必死に育ててきた。

その子供たちも成人した。
後は、自分のための人生を楽しく生きようねと
みんなで話してきた。

来年の震災20年を無事に終えたら
みんなで温泉に行こうと話してきました。

頑張ってきた自分たちにご褒美かな?

とりあえず、震災20年のその日まで
頑張ろう〰☆って思える パワーいっぱいもらってきました。


震災20年という区切りではなく
ただ、今ふとそう思うだけなのですが

震災から、離れたいって。。。。

防災についても 専門家の人がしてくれたらいいやって。

私は、あとどれぐらい生きられるかわかりませんが
自分の人生を生きることを楽しもうと思います。


あの日から、もうすぐ20年になります。

あの日、平均寿命とその時ん自分の年齢を比べ
息子を失った悲しみを持ってその時間を生きることを考えて
愕然としたことを覚えています。


そんなに生きなくちゃいけないのかと。

私の人生は、息子に会うためのカウントダウンの人生。
そう思って生きています。

その日から、20年がたち
あと同じぐらい生きられるかどうかもわからない年齢になりました。

そう思うと、随分 余裕が出てきました。
一日一日、息子に会う時間に近づいている。

そして、娘と別れる時間になっていく。
その時間を娘と楽しく過ごしたいって思うようになりました。
2014.08.26 Tue l ママの想い l コメント (0) トラックバック (0) l top

更年期?に突入する年齢だからでしょうか?

精神的に不安定な日々。

感動したと思ったら イライラしたり
孤独だ〜って 感じたり
そうかと思えば、友達っていいなって
ハイテンションになったり。。。笑

やりたいことを優先してしまう日々の中で
やらなきゃいけないことが後回しになってしまって
かなり反省。。。。
2014.08.12 Tue l ママの想い l コメント (0) トラックバック (0) l top

今週は、ワクワクするような予定がいっぱい。

すごく楽しみ♪



同年代の友達と色々話をしました。
この歳になると
それぞれに 色んな経験をして生きてきてる。

自分の人生の残りも意識し始める年齢でもあって、
残りの人生をどう過ごすかも
そろそろ考え始めている。

私は、できるだけ楽しい時間の中で
過ごして行きたいと思った。

子供を亡くした友達とも
最近、そんな話をすることが多い。

天国の子供達もそんな母達を
ホッとしながら、見てくれていると思う。

私の周りには、
同じ想いでいる人が多くて
みんなと一緒にいると
頑張ろうって思える。

明日も朝から忙しくなります。
2014.06.09 Mon l ママの想い l コメント (0) トラックバック (0) l top

今年も 1月17日が終わりました。

昨日、娘が ぽつりと言いました。

「ママ、今年も1月17日が終わってね」


何をするわけでもないけれど
その日が、私たちの1年の区切り。。。


16日の夜から 17日の朝まで
神戸の東遊園地で夜を過ごしました。

1時ごろまでは、何となく人がいるのですが
そのころから 朝の4時からの 追悼行事に向けて
追悼会場の隅に設置されたテントの中で仮眠をとる人もいて
ちょっと静かな時間になります。

ふらふらと竹筒のところに行き
空を見上げると きれいなお月様がありました。

澄み渡った空のきれいなお星さまとお月様

満月なのなかな?

19年前の1月16日も満月でした。

その日の夕方、おばあちゃんの病院の窓から
大きな太陽が沈んでいくのを見た時のことを思い出しました。

悲しい気持ちではないけれど
なんだか 胸の奥がキューンと締め付けられました。

わずかな時間だったけれど
静かにあの日に戻ることができました。

夕方の4時からは、ボランティアの方たちが
集まってきて 準備を始めてくれました。

子どもから80歳を超えたおじいちゃんおばあちゃんまで。

5時46分には たくさんの人が集まりました。

今年は、少し少ないね。。。
みんなそんな風に話していました。

来年は、20年。
きっと、すごい人になるでしょう。

静かに将君を想う事はできなくなるかな?

来年は、どこで過ごそうかな?
知り合いが、夜から朝の5時46分まで追悼ライブをするそうです。

そこで過ごすのもいいかもなって
ふと思いました。

今年は、絵本の事もあって
ゆっくりと17日を過ごすことができませんでした。

将君のために作った絵本のために
使う時間だから それでもいいのかもしれないって思ったりもしましたが


なだか、ふと ゆっくりと将君のことを想う時間を過ごしたいなって思いました。

絵本の発送作業 頑張っています。
少しでも早く、皆さんのところにお届けしたくて

二人で発送作業をしているので
なかなか進まず 注文をいただいた皆様をお待ちしております。
ごめんなさい
2014.01.19 Sun l ママの想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
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