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1個前の日記の続き。


今では、そんな経験してたなんてわからなかった
とっても明るいからって よく言われますが

こんな私も、ぐちゃぐちゃな毎日を送っていた時間が
とてもとても とても・・・・長くありました。。。。


自分を否定し 他人を否し 友達を否定してきた時期

メディアで、子供を失ったお母さんが、亡くなった子供のために
お地蔵さんを作ったり 本を出したり 慰霊碑を建てたり
いろんなことをしていると紹介されているのを見て

私は、何もしてあげてない 何もできていないと
自分を責めたりしていました。

私だって、あの人たちと同じぐらい
ううん、もっともっと 将君のあるべき人生を送らせてあげれなかったと
助けることができなかったことで苦しんでいるのにって。

そんなことにさえも 苦しんで悲しんでいた私。

そばにいて、私のためにと真剣に考えてくれていた友達の事さえも
私は、否定しいて 関係を絶ってしまいました。


誰も友達じゃなくてもいいって。。。


突然連絡が取れなくなった私(引っ越しをしたので手紙を送っても戻ってくる)を
心配してくれていたんだと思います。


10年以上たって ふとみんなに連絡を取りたいと思いました
でも、みんなが、どう思うかと思うと なかなかそれができなかった


でも、ある年 年賀状を送ることにしました。

10年以上連絡を取っていなかったので
何通もあて先不明で帰ってきました

でも、何通かお手紙が帰ってきました
何人かから電話がありました


「あれから、連絡が取れなかったとれなくなって
すごく心配していた

テレビや新聞は、何度か見たよ


今回、連絡ありがとう
連絡くれたことすごくうれしかった」

って。


私から縁を切った友達もみんなそう言ってくれました。



今、思います、その子は、私と離れていた時間も
ずっと私のそばにいてくれたんだなって。

私がどんな辛いことを言っても 
そんな状態の私を受け入れてくれて

悲しんでいる私も 元気になる私も
すべてを否定する気持ちも受け入れてくれる人。


でも、一番すごいなって思うのは
その人をすごい言葉で否定しても それまでの私を知っている人は
私がそんな人ではないことをわかってくれて

そんな私も子供を失った悲しみからの言葉であると受け入れてくれること

その時は、何も言わなかったけれど
何年か経ったときに連絡をしたときに心から心配してたことを話してくれた


私が、その人の私を思って言ってくれた言葉に傷つき
その人の存在を否定しても
それでも、その状況が子供を失った悲しさからくるものだと
理解してくれていた。


そんな友達の存在に 本当に本当に感謝しています
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2013.08.23 Fri l 友達への感謝 l コメント (0) トラックバック (0) l top
東日本大震災が起こってから 心がしんどくなって 
それまでの自分で入れらなくなって治療を受けた


その治療の中で 今までの自分を振り返ることになった

辛いだけの自分ではなく 辛い中から歩いてきた自分も。



たくさんのことがあり
そのひとつひとつに一喜一憂し

折角歩いてきた道も 一瞬にして逆戻りし 「ふりだし」に戻ったこと
何度も何度もあった。


それでも、振り返ってみれば 少しずつだったけれど歩いてきてた。


よく、世間では
「悲嘆からの回復」や「立ち直った」とか「前を向いて歩き始める」
とか 言われているけれど それって何を持って そういうんだろう?

って よく思っていた

世間一般のことは わからず ただ自分の事しかわからなかったけれど

でも、自分の今の状況が
回復したのか 立ち直っているのか 前を向いて歩き始めているのか

それさえもわからなかった


でも、振り返ってみると
18年半前の私と今の私は、確実に違う

いつ どんなふうに 私は変わってきたんだろう?

たくさんの出来事
たくさんの人の出会い

そして、どん底にいる時に 考えた
一つ一つの息子への想い

息子のためにこれをしてあげたい
こんな風にするしか生きられないと

思ってきたこと ひとつひとつの積み重ねが
今の私を作ってきたんだなって思った


将君のために お供えのお菓子を買いに行くこと
将君のために お花を買いに行くこと

将君のために 想いをつづること
将君のために 悲しみ続けること
将君のために 将君のために 将君のために・・・・


将君のためにしてきたことが
私を生きさせてくれた

将君のためにすることが 今を生きるためだった

そんな風にして 生きていることさえも
助けられなかった私が生きていると
罪悪感を感じていたけど・・・・・(^_^;)


同じ経験をした人たちとの出会いは
そんな罪悪感を持った自分が、特別ではないことを教えてくれた

経験は、それぞれだったけれど
人として いけないこと(自分の価値観だけど)を思う気持ちが、
子供を失った人なら、多くの人が持つ気持ちである
ということを知り 安心できた。



私の周りには、私のことを心配してくれる友達がいっぱいいた。

でも、みんな私にどう接していいかわからずにいたと思う
それでも、みんな一生懸命に考えてくれた。

今みたいに パソコンもなかったし
メールも無かった もちろん、ブログも SNSも。。。。


直接会いに来てくれるか 電話か お手紙しか
みんなが 私に思いを伝えてくれる方法はなかった。

メールやSNSなど 顔を見なくて 文字だけで
想いを伝えるって ある意味楽だと思う。

直接 顔を見なくて住むから 相手のその時の反応を
気にかけず 自分の想いを伝えられるから。

時には、お互いにそのほうがいい場合もある。
時間も24時間いつでも 伝えられるから。


でも、私の友達の場合
直接 訪ねてきてくれたり 直接電話をくれた。


その『直接』が、どれだけ勇気のいることだったか 想像できる


その勇気をもって 私に接してくれたみんな
それだけ、私のことを本当に心配してくれていたんだと
今になって思ったりする。

そんな友達にさえも 私は、長い間否定してきた
そして、勝手に壁を作っていた。


いつだったか、とても信頼している友達に言われたことがある

私が、みんなが 子供を失った私に壁を作っている気がする。
子供を失った私に対して 近づきづらいという壁をと 言った。


その時に、その友達が言った
「その壁を作っているのは あなただよ」って。


その言葉に ドキッとした。
私目線ではなく、子供を失った友達を持つ 友達目線からの視点。

自分では、絶対に気が付かない視点。


でも、その時の私は、その言葉をあまり理解できなかった
でも、理解しようと色々考えた。


そう思えたのは、その友達を私が信頼していたから。



こんな風に 日常のいろんなことが
いろんなことを考えさせてくれた


そんなことの積み重ねの18年半。
そして、今の私がいる。


将君のことを想って想って想って
泣いて泣いて泣いて

そして、そばにいる友達が、そんな私を受け入れてくれて
そんな友達の言葉を受け入れて考えて来た。


私のことを受け入れてくれていた友達の言葉だったから
私も受け入れることができたのかもね



次に続く・・・・
2013.08.19 Mon l 友達への感謝 l コメント (0) トラックバック (0) l top
昨日、友達とランチに行ってきました

その子達と出会ったのは、10年以上前。
最初のころは、よく会っていたけれど
最近は、1年か2年に1回ほどしか合わなくなったけれど

それぞれがぞれぞれの想いで
日々を過ごしている

みんなみんな すごく辛い経験をしている

出会ったのは、それぞれ10年近くたってから。

経験したことは、それぞれ。
一緒ではない、そこから始まった私たち。

一緒ではないけれど
でも、みんな辛い経験の中を生きてきたことは
共通している。


色々思っているいろんな話を聞いてもらった
自分の感覚をわかってもらえたことで 心が軽くなった

いっぱい、いっぱい 元気をもらって帰ってきました。
ほんと、楽しかった~(*^^)v
2013.07.23 Tue l 友達への感謝 l コメント (0) トラックバック (0) l top
今日、テレビを見たという人が声をかけてきてくれた

私のことを何度も見かけているので
テレビを見て、もしかして あの人?と思ったと話してくれた

その方は、昨年ご主人を看取ったと話してくれた
まだまだ、いろんな思いがあり 辛いとも…。

私は、18年、その方は、去年。
おつらいでしょう?と 声をかけたら

あなたは、お子さんをなくしている
伴侶を亡くしたのとはわけが違う

あなたもお辛かったでしょう?と
言ってくださった

将君を失った2年後 出会った友達は
御主人を亡くしたばかりだった

二人でよく話していたっけ
大切な人を失う悲しみを。。。

友達には言えないシリーズ みたいに
二人だけしか 話せないことをよく話していたっけ

私にとって 将君の死は、自分が生きていた中で
一番つらかったこと

その友達にとって 御主人の死は、自分が生きてきた中で
一番つらかったこと

どちらが悲しくてどちらが悲しくないって
言えないような気がした


亡くなった子供の年齢によって 悲しさが違うかと聞かれたら
私は、それぞれの立場での悲しみがあると思うのと一緒だと思うから。


私の周りには、ご主人を亡くした友達が何人かいる
私にはわかってあげれない 悲しみ辛さ苦しみがあった

今日話したその方と言った
お互いに それぞれに一番辛い経験をした そのことだけで
繋がっていられるよねと


18年前の私だったら
そんな風に 相手の立場に立って
考えることができなかっただろうなって思う

18年 ついこの間のような 気がするんだけど
今の自分の想いを改めて考えてみると
18年間の間にたくさんの方に出会い
たくさんのことを考えて感じてきたんだね

気が付けば 確実に18年という時間が動いていたんだね
(注:時間が解決したという単純なことじゃないです)
2013.07.04 Thu l 友達への感謝 l コメント (0) トラックバック (0) l top
ふと 思い出した。

「そんなに自分を責めないで」って
何人もの友達に言われたこと。

震災の10か月前に
私は、住み慣れた千葉から山口県に引っ越しした。

子供たちが、8か月のときだった。
春になったのと 歩き始めたのとで
公園に連れて行くようになった



その10か月後 阪神大震災が起こった。

住み始めて友達もようやくでき始めたころだった。


実家に帰っていて震災に遭い息子が亡くなった。
周りの人は、私のどう声をかけていいのかわからなかっただろうな


山口に帰ってきて
会社の人 社宅の人が お参りに来てくれた

何をどう話したのか 記憶はない

ただ、友達が、とりあえず食べるものをと
冷凍食品や手作りのカステラを持って訪ねてきてくれた

多くは、語らず ただそれを渡してくれて
帰って行った。。。

話したかもしれないけれど 記憶には残っていない

大きな悲しみのため
それらをいただいたことに感謝する心を失っていた

引っ越ししてきたばかりで いろんなことを話せる友達が
あまりいなかった

これが、引っ越しする前の千葉だったら
いっぱいいっぱい 泣けたのに
話を聞いてくれる友達がいっぱいいたのにって

そのことばかり考えて 一人泣いていた

たまに外に出ると 公園で一緒だったママたちの
「かわいそうな人」として私を見る目が怖くて

人に会うのが怖くて 人のいない時間に買い物に出かけていた

周りの人は、悪気があって
そんな表情をしたわけではなかったのにね。

何度か、友達が訪ねてきてくれたのは覚えている
玄関先でお花を受け取って ありがとうと言って
そのまま、ドアを閉めたことも何度もあった


あとで聞いた
本当は、お線香をあげたいと思って伺ったけれど
あなたのやつれた顔を見たら
それが言い出せなかったと・・・・


本当は、いろんな人が私を心配してくれていたのよね

関西方面は、新幹線が止まっていた
でも、九州方面は 新幹線が動いていた

直後に 九州の友達二人が 会いに来てくれた

そして、新幹線がとおってすぐに 仲人の奥様が
会いに来てくれた

震災から 5か月ぐらいたった時だった

その方にいろんな話をした
その話を聞いて その方は言ってくれた

「亡くなった人のことを思い続けることは
後ろ向きだと思ってきたけれど
あなたの話を聞いて 将君を思う気持ちが
あなたを前向きにさせている
亡くなった人を思うことで前に進めるということを
初めて知った」と。


千葉の友達が、時々電話をしてきてくれた。
その子たちには、いつも自分を責めている気持ちを
話していた

守ってあげれなかったこと 自分が生き残ってしまったこと。

『手や足の先から1センチずつ切り刻まれる苦しみも
将君の苦しみを考えたら 苦しいとは思わない。それぐらい辛いと』


友達は、泣きながら 「そんなに自分を責めないで」と言ってくれた。

たくさんの人が、自分を責めないでと言ってくれたけれど
その言葉を言われても 自分を責める気持ちは 全く消えなかった。

どんな言葉を言われても自分が、納得できないことは
受け入れることができなかったから

でも、その言葉を言ってくれる友達の私を思う気持ちは
十分伝わってきた

だから、だから・・・・

私は、その友達に そこまで言えたんだと思う。

苦しみを誰かに言わないと 自分自身で耐えられなかった

みんな、そんな私なのに ずっとずっとそばにいてくれた

何年かたった時に 将君のためにディズニーランドに行くことにした
千葉の友達とは、引っ越しして以来の再会

みんなの顔を見るのが怖かった
どういう顔で会えばいいのか 何を言えばいいのか

みんなは、どう私と接するのか。。。


会った瞬間、涙があふれて止まらなかった
友達もみんな泣いてくれた

将君の写真とお骨を持って行っていた
そのお骨を 将君。。。と言って抱きしめてくれた友達

ディズニーランドは、将君と行きたいと思っていた場所なので
辛いだけの場所だったけれど

そんな私の気持ちもわかってくれて
みんなは、将君と一緒にここにいるという想いで
一緒に回ってくれた

今みたいに ブログがあるわけでもなく
メールがあるわけでもなかった時代

自分の想いを出す場所は、今ほどなかった。

2年ほどたってから 私は、社宅を出て
新しい場所に家を建てた

将君のことを思って 間取りを考えた
仏壇は、フローリングのリビングに置いた

台所でご飯を作っていても 仏壇が見えるようにした
将君のことを思って将君のために建てた家

フローリングに仏壇?って
おかしいかもしれないけれど

生活の中にいつも将君がいること
それが、私を安心させてくれた

そこでのあいさつ回り
一番に伝えたかったのは 将君という子供がもう一人いて
その子は、震災で亡くなったという事。

引っ越ししてきて あいさつでいきなりそんな話をされた
近所の人は ビックリしたと思う

私は、そのことを言わないとここでは住めない
だから、最初のあいさつでそのことを言うんだと
決めていた

みんなにそのことを言えた時に ほっとした。

そこには、社宅で一緒だった人もふた家族いた。
将君のことを知っている友達の存在が、
その場所で過ごす安堵感を与えてくれた

同じ年ごろの子供たちのママたちがたくさんいた
男の子もいた

同じ年の男の子を見るのは 辛くて
できれば 会いたくない そんな風に思っていた私

その子たちを見ていて 辛くないわけはなかった

そんな私の気持ちをみんな言わなくてもわかってくれていた

でも、あえて普通でいてくれた
「普通」に接してくれる でも、ちゃんとわかってくれていて
私の話を聞いてくれるた

お誕生日のときも 二人分のプレゼントを持ってきてくれた
それが、お供えのお菓子だったとしても
みんなの中に 将君は存在していたことが感じられてうれしかった

幼稚園に入っても ゆうちゃんの友達のママたちは
将君の存在を認めてくれた

仲の良かったママたちが、中心になって
そんな雰囲気を作ってくれていたんだなって
今、あの時を振りかえって思い出した

二人のお誕生日会を開く(ゆうちゃんの)

山口での生活
そこでは、姿は見えないだけで
みんなの中に将君は、普通に存在していた

慰めの言葉を言ってくれるわけでもなく
励ましの言葉を言ってくれるわけでもなく

ただただ、将君が普通に存在するそんな生活だった


そんな生活だったけれど
みんなと別れて玄関に入った途端に
涙が、溢れていた

将君がない悲しさ 普通に過ごしてしまった罪悪感
笑ってしまった自分を責めての涙

どんなに、周りから見て 元気になったと思われても
それは、表面的であって
将君がいない悲しみは、全く消えていなかった


双子だから 将君が死んでしまった次の日から
ゆうちゃんは、将君の知らない時間を生き始めた。

成長していくゆうちゃん
将君の時間は、止まってしまったのに
ゆうちゃんの時間だけが 動いている

将君ができなかったことを
ゆうちゃんが 普通にできていくことが
本当に辛かった

将君が、一人置いてきぼりになっているよう感じがした


そんな私の想いをいろんな人のいろんな言葉や行動が
少しずつ和らげてくれた

それは、将君のためにいろんなことしてくれたこと
私が言わなくても 将君のことを思ってしてくれたこと
それが、どれだけうれしかったか

幼稚園に行く前に 通っていた幼児教室
二人分の教材を買うことを許してくれた先生

初めての幼稚園でのお誕生日
二枚のお誕生日カードを持って帰ってきた

一つは、ゆうちゃんのため
もう一つは、将君のため


みんなが、私のことを思ってしてくれたこと
そんなみんなの想いに支えられて

あの時のあの苦しみの中で
その時その時を生きてこれたんだと思う


その時その時の私に合わせて
みんなが いろんなことをしてくれて来たんだと思う


18年半のいろんなことを
一つ一つ 書くときりがないけれど

でも、残しておきたいなって思ったので
書いてみました

まだまだ、かけていないことが たくさん


未来の自分が 再び辛くなったときに
このブログを読んで 自分は、一人じゃないんだよって
元気になれたらいいなって思う

そして、ゆうちゃんにもママには、素敵な友達がいたんだなって
知ってほしいと思う

ママが、死んでしまった後
ママの人生を振り返った時に
将君を失った悲しみだけで人生を送ってきたのではないということを
ブログを通じて 知ってほしいと思う

そして、ママを失った悲しみから
歩き出してほしいと思う


そして、ママは、あなたを心から愛しているからね


思ったまま、一気に書いたので 支離滅裂(^_^;)
2013.07.04 Thu l 友達への感謝 l コメント (2) トラックバック (0) l top
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