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何年かに一度やってくる
震災から離れたい病・・・・・。

今、その時期のようです。

実際のところ、自分の意志とは関係なく
震災20年の渦の中に巻き込まれつつあるんだけれど。

何も考えず
ごめんなさい!無理です!って 言えたら楽だろうな。
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2014.09.01 Mon l 取材 l コメント (0) トラックバック (0) l top
何人もの知り合いから

番組を見逃した
たまたま、つけたら あなたが出ててビックリした

全部見たいけど 再放送はないの?って。


で、こんなの見つけました

「再放送みたい」というボタンがある NHKの番組の紹介のページ

よかったら ぽちっと 押してみてください(^^)/
http://pid.nhk.or.jp/pid04/ProgramIntro/Show.do?pkey=001-20130211-21-07025&pf=p
2013.02.12 Tue l 取材 l コメント (0) トラックバック (0) l top
テレビを見て 本当にたくさんの方が
ホームページを見てくださり
このブログも見てくださったようです

私個人の想いをただ綴ったブログ
共感してくださった方も きっと、そうで無かった方も
いらっしゃると思います

メッセージもたくさんいただきました

番組を観た感想など 心温まるもので
メッセージをいただいた方 ありがとうございました

私の友達からも たくさんメールやお電話をいただきました

その中で うれしかった電話を紹介させていただきます

震災から18年
世間では、もう18年が経った
神戸の街もきれいになった

「復興を遂げた神戸」
神戸に住んでいる人も そうでない人も
そう思っている人が多いかもしれませんね



+++++++++++++++++++++++++++


番組の放送が終わった直後
電話がかかってきました

親戚からです


電話口に出るなり
「 あの番組の内容に間違いはないんやな 信じて大丈夫なんやな
番組通りのあなただと 思ってていいんやな」って。


一瞬、何々?とびっくりするぐらい
唐突に聞かれました(笑)

今までも新聞やテレビを見てきていた。

あの時(息子のお葬式)以来
ずっと、どう声をかけていいかわからずいたって。


自分は、私の今までの事
子どもができるまでの想い
できてからの事

そして、震災があって 自分の家も全壊したこと
そして、神戸の街が あんな風になってしまったこと

そして、息子を失った私の悲しみを目の当たりに見た事


自分が子供のころ、近所に住む同級生(5歳)が 亡くなって
自分が、成長していく中で そこのお母さんが
成長していく自分を見かけるたびに

「もう、こんなに大きくなったんだね うちの子も生きていれば・・・」って
自分の前で泣いてきた事

子どもを亡くすということは それだけ辛いってことを
目にして大きくなったから

あなたの悲しみを思うと
どう声をかけていいかわからなかったって

声をかけて 私が泣きだしたらどうしようと怖かったって。

そうしているうちに 18年が経っていたって。

でも、ずっとあなたのことは思っていたって言っていた

ルミナリエも 最初は、追悼のために行われたかもしれないけれど
今は、そんな風ではないだろうと思うと

そんな観光化された 状態のルミナリエには、
未だに、行くことはできないって。


結婚が決まった時に 喜んでくれて
一緒に飲みに行こうって 誘ってくれたり
やっと子供ができて喜んでくれている幸せな私
そして、息子を失って悲しんでいる私を知っている
身近な親戚の人だからこそ

言葉にできない想いを抱えて
18年間過ごしてきてくれたんだと思う


そして、最後に言ってくれました。
「本当に、本当に あの番組に嘘はないんだよね」


私は、
「大丈夫 あのままの私だか」っていいました。


「安心した、これでやっと あなたに会うことができる」って
言ってくれました。




きっと、私の周りの親戚の人
それぞれの思いで 将君の死を感じて 生きてきてくれているんだろ思う

将君の命 たった一人の わずか 1歳半の命だったけれど
たくさんの人が たくさんの悲しみや苦しみを抱えていてくれたんだね


言葉にしない人たちの 「見えない想い」
当時は、考えることさえできなかった


「見えない想い」があること

娘にも伝えたいなって 思います





番組を見た人にとって あの番組がどう映ったかはわからない
いいように受け止めてくれた人だけじゃないかもしれない

でもでも、
私の周りにいる 私に身近な人たちが
あの悲しみの日々を知っていた人たちが
そして、私のことを心から心配してくれていた人たちが
あの番組を見て

将君のことを思い続けていたとしても
引きずっていたとしても

今、あんなふうに 
娘と一緒に笑顔でいられる生活を送れるようになったことを
本当に、よかったと思ってくれた。

今の元気になれた私を心から喜んでくれた

それだけで 私は十分・・・・。

取材を受けてよかったと思う




そして、ビデオを観たことについて

将君と自分が存在しているビデオを観た時 娘が言った

「ママ、将くんって 本当にいたんだねって。
そして、二人の様子を見て
子どもって、あまり好きじゃないし
かわいいって思ったことなかったけれど

すごくかわいい~
子ども好きになったかも・・。」


その言葉を聞いただけで
ママは、十分です

ビデオを観てよかった そう思った



番組放送を見て 主人は、初めて(17年前に一回観たか・・・)
将君のビデオを観た

こっそり泣いていた


でも、小っちゃくて かわいかった
優ちゃん、いつもあんなふうに泣いてたって 笑ってた



45分ほどの番組
私たちにとって 大切な大切な家族の記録です


そして、私たちの記録は あの番組が終わったように
あそこで終わってしまうわけじゃなく


これからも ずっとずっと 続きます
2013.02.12 Tue l 取材 l コメント (0) トラックバック (0) l top
明日、放送される NHKの「あなたたちへ」
それは、私の18年間の想いの一部

18年の想いを 45分で表現できているかな?
私が話した長ーいインタビューも 大部分がカットされていると思う(笑)

その前後があるから わかってもらえる言葉も
そこだけ きりとられたら 伝わらないし、、、(>_<)

自分の想いとは、違う想いが
私の想いとして 伝えられてしまったら と心配


でも、そんなことも わかって取材を受けた

ただ、心配なのは、その番組を見て つらい思いをしたり
傷ついたりする人がいたら つらいなって思う


この番組の取材を受けた理由


絵本のカテゴリでも書いたけれど
今年の7月 子ども達は、二十歳になる


娘は、二十歳のお祝いができる
でも、息子には 何をしてあげたらいいんだろう?

天国に行ってしまっても
親にとっては、大切な子ども

市からは、成人式の案内が来ないけれど
来ないからこそ ママである私が
お祝いをしてあげなくちゃって思う


でも、何ができる?

お部屋いっぱいの花を飾る?
スーツを買う?

そういうのもいいけれど
何かもっとママの想いを込めた何かにしたい

考えたことが 2個
①いろんな思いを綴った本を作りたい
②きょうだいを亡くした子どものための絵本を作りたい


どうやったら 実現するんでしょう?
何をしたら 作ることができるんでしょう?

でも、その思い どうにかしてかなえたいなって思う





そんなことを以前からお付き合いのある
NHKのプロデューサーの方に話しりしていた

ホームページのトップページに書いた通り
去年、将くんと優ちゃんの小さい時のビデオを観た
私にしたらとてもとても 大変なことだった

プロデューサーの方に そのお話もした

そしたら、そのことを番組という形で紹介しませんか?と
声をかけてくださった

取材について チョット否定的な私だったけれど
子ども達の二十歳のプレゼントとして
一緒に考えながら 番組を作ってくださることになった

今まで、阪神大震災のことも将君のことを覚えていないし
将君が死んでしまったということが悲しいという想いを持っていないと
言っていた娘

そのことは、本当の気持ちで 今までも
記者の方に お兄ちゃんが死んでしまってどう思う?なんて
気持ちの全く入っていない質問を何度も聞かれ
何とも思っていないことに 罪悪感を感じてきた

罪悪感を感じることなんてないのにね
でも、小学生のころから 追悼行事や
震災の行事に参加するたびに
そんなことを聞かれていたために
子ども心に そんな風に感じてしまったんだと思う

そんな娘だったけれど
今回は、取材を受けて自分の想いを話すと言った


そんな経緯もあって 取材を受けることになった

私の想いを十分に聞いてくださり
取材を受けると言ったものの 初めての取材

インタビューされても どう答えていいのか
想いは、あるけれど それをどう表現していいのか
全く分からず、プロデューサーの方も かなり困った様子


初めの計画は すべて思い通りにいかず
悪戦苦闘されていた(^_^;)


仕方ないよね
複雑な年齢の子供に 親にも伝えられない
自分でもよくわかっていない 亡くなったきょうだいへの想い

それを簡単にすらすら 話すのは できないよね

結局、自分の想いを うまく話すことができなかった娘

それは、それで いいと思う


今回の取材を受けることになって
テレビカメラがまわっていないとき
要するに 日常の中で 私は、娘といろんな話をした

将君の事 自分の事 一緒にビデオを観てどう思ったか
東日本大震災の事 ボランティアの事 などなど

話しながら 娘がよく言っていた

テレビ局の人は、こういう会話を取りたいんだろうねって…


テレビカメラが回っている中で
普通にいろんなことができるって 俳優じゃないからできません


たくさん話した想いも すべては使ってもらえないので
私たちの想いが どれだけ 見てくださった方に伝わるかもわかりません


でも、きっと番組は、私たち家族の
この18年間を45分に凝縮して作ってくださったと思う


プロデューサーの方が ずっと言ってくださっていた

二十歳のプレゼントを一緒に作りましょうって


ずいぶん、わがままもいっぱい言って 困らせた
好き勝手言って 困ってらっしゃる様子を見て
申し訳ないなって 何度も思った


でも、私の想いもいっぱい伝えて
できる限りのことはしてくださったと思う

プロデューサーの方 カメラマンの方 音声の方たちと
一緒に作った番組だという感じがする


2か月以上の撮影期間
何度も何度もお会いした方たち

撮影以外にも一緒にご飯を食べたり
全然関係ない話をしたり


撮影が終わって思ったことは
すごく楽しかった

これで もうみんなと会えなくなっちゃうの??ってことでした


私のいないところで取材を受けた娘も
すごく楽しかったと言っていた

そして、プロデューサーの方もカメラマンの方も 音声の方も
楽しかったと言ってくださった


遺族としての取材だったけれど
そんなことも忘れるぐらい 楽しかったです


番組の中で 私の友達が出てくると思う
その友達との時間は、今の私の生活中で 一番私らしくいられる友達


18年前に息子を亡くして 悲しくて悲しくて
自分の人生が終わってしまった

生きる気力もなく 苦しい日々を過ごしてきた


去年、複雑性悲嘆の治療を受け
そして、今回 取材を受けて

自分の18年間を振り返った


いろんな想いがあった
いろんな人との出会いがあった


前を向きたくないと拒否していた時期も長かった

でも、今は、笑っていようと思えるようになった


それは、生きていてくれた娘がいて
その娘を通して 息子の成長を見てくることができたからだと想う


私の笑顔を見て 息子は安心してくれていると
そう思えるようになるまで 本当に苦しかった

一言や二言では そうなるまでの想いを言葉にできない

番組を見た方たちに すべてを理解してもらえるとも思っていない


でも、思う
亡くなった人を思い続けることは
後ろ向きではないということ


亡くなった人を思うことが
前に進むためのパワーになることがあるということを
知ってほしいと思う

これは、震災直後の私を見て
仲人の奥様が 言ってくださった言葉



そして、今の私の笑顔は
「立ち直ったから」できるようになった笑顔では
決してないということ

将君を思っているからこそ 思い続けているからこそ
笑顔でいたいと 思えるようになったということ


この笑顔は、将君への想いのすべてです


災害 事故 事件 病気 自死
そして おなかの中での死 その他いろんな形で

大切な家族を失った方たちは
それぞれの思いを持って日々を過ごされています

たとえ 想いを言葉にしなくて 一見元気になったように見える人も
たいせつな家族を失った悲しみは
どんなに時間がたっても消えることはないと思います



笑顔に隠れた いろんな思いを
想像してほしいなって思います

そして ずっとずっと 覚えてあげていてほしいと思います
大切な人たちのことを


今回の番組が
そのことを考えたりするきっかけになってくれたらいいなって思います




私の子供たちへの想いは
私が生きている限り 続きます

そして、その思いが 私が死んだあと
娘が 悲しみから歩き出すための 力になりますように



たくさんの笑顔を あなたたちに~



2013年2月11日
2013.02.11 Mon l 取材 l コメント (4) トラックバック (0) l top

今日は、先日、ブログで紹介した
『ふたつの震災』という本を出版されたお二人の方の講座
「大阪から見る、東日本大震災ー講座」の開催される日
http://​www.nakanoshima-univ.com/site/​seminar/article/117

娘も 今日は、アルバイトがないというので
一緒に行く?と誘ってみたら 行ってみたいとのこと

で、急きょ 当日参加できるか問い合わせをしたら
大丈夫とのことなので 一緒に行くことにしました

大学のマスコミュニケーション学科に進んだ娘に

大学でも阪神大震災 東日本大震災についての
講義を受けている

人によって感じ方や視点は 色々だから
いろんな人の話を聞くことは大切だよね

これからも、こういう機会があれば
一緒に話を聞きに行けたらいいな

一歳半だった 娘とこんなふうに
一緒に震災のことを考えることができるようになるなんて
思ってもみませんでした





取材を受けていて思うのは 遺族の想いのズレ。。。

取材をしてくださる記者の方やテレビ局の方と
いろんな話をすると 
人として私の想いを理解してくださろうとしていることが
伝わってくることが多々あります

でも、それが、新聞やテレビというものを通して
伝えることになると 想いは、ズレてきてしまう

それは、シナリオがあったり 世間の人がどう感じるかなどを
考えたりしたうえでのことだと思うのんだけど

私にすると 本当の思いが伝わらないもどかしさがある

そういう意味でこのような講座で
著者の方たちの想いを直接聞くことができることは
貴重だと思う

「ふたつの震災」の本の中で紹介されている
お嬢さんがお嫁に行った先で亡くなった方が紹介されている

その人、東日本大震災直後に 
私が いつもお世話になっているお店で
「お客さんのお嬢さんが・・・・」と聞いた人

その時に、初めてそのお店の人に
私が阪神大震災で子供を失ったことを話した

ずっと気にかけていて どうされていますか?って
お店に行くたびに声をかけていた人

こんなところでつながるなんて・・・
2012.06.20 Wed l 取材 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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