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昨日、陸前高田に住んでいる知り合いから
新鮮な さんまをたくさん送っていただきました。

2011年4月、ボランティアに行って出会った方です。

久しぶりにお電話をしてお話をしました。
お元気そうでよかったです。

また、1月に神戸にみんなに会うために遊びに来てくださるとのこと。
17日は、毎年、忙しくて あちこち飛び回っているので
お会いする時間があればいいなって 思っています。
今年の1月は、来ていただいていたのに会えなかったので
来年こそは、会いたいなって思っています。


以前は、夏に主人の実家に帰った時に
会いに行ったりしていたんだけれど
最近は、主人の実家に帰る日程が短くて
ほかのところに行くという時間が取れないので
しばらく 行けていないです。

岩手には、会いたい人がいっぱいいるので
いつか、絶対に行きたいなって思っています。


あと、もう一つ行きたいところがあります。
娘が、私のブログを読んでいて 息子を探す旅に行こうと
言い出しました。

場所は、遺影に使っている写真を撮った 山口県の動物園。
息子を失ったあと 山口に住んでいた間は
毎年、息子と一緒に行った日に その動物園に行っていました。

最初の1年目は、悲しくて私は行くことができなかったです。
2年目は、私がビデオを撮っていますが
ずっと、息子との思い出を記録するようにしゃべっています。
きっと、その時は、娘のことは 見えてなかったと思います。
3年目は、少しだけ娘のことを見ることができたのかな?

引っ越しをしてからは、遠くて行けていません。

来年になるのか、再来年になるのか わからないけれど
同じ日に、行ってみようと思います。
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2014.09.15 Mon l 将君への想い l top
将君へ

元気にしていますか?

最近、ママは、仏壇の前に座る事が
めっきり少なくなってしまいました。

でも、決して将君の事を忘れてしまったからではないよ

仏壇の前だけが、
将君を感じる場所ではなくなったからです。

将君が天国へ行ってしまったときには
何をどうしていいのかわからず
ただ仏壇の前に座って泣きながら
将君と話すことしかできませんでした

でも、今は、違います
仏壇の前でなくても、将君をたくさん感じたり
思ったりすることが出来るようになりました

ママは、長い間、泣く事、悲しむ事だけが
将君を思うことだと思ってそうしてきました

でも、違うんだよね
泣くことも、悲しむ事も
将君を思う気持ちの一つの形だったんだよね

だから、もっと違う形で将君を思うときがあってもいいんだよね

将君を思う気持ちに正しい方法や間違っている方法は
ないんだよね

ママの思いすべてが、将君を思う気持ちそのものなんだから・・・

この9年半(10年)の間、ママがそうしてきたように
これからの時間も
ママは、たくさん将君を感じていられるように
色んなことを探して挑戦していければいいな

それでも、将君を失った悲しみや苦しみ、そして悔しさは
決して、消える訳ではないけれど

泣いたり頑張ったりしながら
将君と一緒に人生を歩いて生きたい
2014.09.01 Mon l 将君への想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
がんばろ~♪

2006年04月10日(月) 8時37分




あの日、たくさんの人が亡くなりました。

大切な人を失った人たちは、この11年を必死で生きてきたと思います。
天国へ旅立った大切な人のためにも、一緒にいる家族のためにも、
元気になりたいと思ってきた、笑顔でいたいと思ってきた。

でも、大切な人を失った悲しみは、決して消えることなく 
日常生活の中で共に歩いています。

私は、息子を失ってから 自分を否定して生きてきた。
生き残ってしまった自分を否定して生きてきた。

でも、心優しくいることで、人のために何かをすることで
自分を否定しないですむ安らぎを感じました。

息子のためにも、いいお母さん、いい人でいたいと思って来れたことが、
自分が生きていてもいいのかなと思える大きな力でもありました。

いろんな事が、あって、ふっと、なんとも言えず、
とても悲しく、そして、寂しくなりました。


息子を失った悲しみから、私を歩き出させてくれたのは、
心優しくいようと思う気持ちが強かったから、
誰かのために何かをしたいという思いが強かったから、
そんな自分自身が、私を支えてきたと思う。

ただ、とじこもる生活をしないで、前を向いて生きていくためには、
いろんな事があると思う。

温かさだけに包まれて生きていくのは楽でほっとするけれど、
大切な子どもを守ってやれなかった私自身が選ぶ道じゃない気がするから・・・・

そうだ、こんなことで弱音をはいてちゃいけないんだ!
生きられなかった息子の苦しみを思うと頑張らないといけないんだ!

はあ~
ふと、悲しい気持ちになったときに、なんで死んじゃったんだろうと 悲しくなってしまいます。

いくら思っても帰ってきてくれるわけでもなく、
会えるわけでもなく、抱きしめてあげれるわけでもなく・・・・
2013.10.30 Wed l 将君への想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
悲嘆からの回復・・・

って、どんなことを言うんだろう?



これって、他人が決めることじゃない気がする。

自分自身が、日常生活を普通になったから、もう回復したと思えば
たとえ毎日泣いていたとしてもそれは、その人にとっての回復。

たくさん笑ったり 前を向いて歩いたり
人生を楽しんで生きていても
そのひとが、自分は、笑顔の裏に悲しみを抱えて生きている
回復したと思わないと思えば その人は、まだ回復してない。


その人がそれでいいと思うなら
無理に回復しなくてもいいんじゃない?
大切な人と離れ離れになってしまったんだから
悲しくてあたりまえなんだから。


私は・・・・
どうなんだろう?

私の中で心から 楽しい人生を送って
自分の人生を全うしたいと思っている。

でも、将君のことを忘れたわけじゃないし
将君のためにいろんなことをしたいと思っている

そのために、自分の人生を費やしてもいいと思っている

ただ、楽しい人生にしたい。

その楽しい人生にしたいという想いは
将君のことを思い続ける中で見つけた答え

楽しい人生を送ること=悲しみを乗り越えた
とは思わない

楽しい人生を送ることが 私の中で将君を思っているという
強い気持ちから生まれた選択だから。


今の私、将君の死を乗り越えたとは思わないし
将君の死を仕方なかったとも思わないし
今でも、自分の命と将君の命を交換できるなら
交換したいと思っているけれど

悲嘆からは、回復したと思う。

どこでそう思うかと言われたら よくわからないけれど
将君のことを思って 将君のために何ができるかをずっと考えてきて
出した答えが楽しく素敵に生きるということだった。

そして、そんな素敵なママの状態で
将君に会うんだと決めた。
2013.09.04 Wed l 将君への想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
68年前の明日、8月6日の午前8時15分
広島に原子爆弾が投下されました。

結婚して、私は 広島に住みました。
歴史の中の出来事としてしか 戦争を知らない年代の私。

原爆も社会の教科書でしか知りませんでした
それ以上のことを深く知ろうともしませんでした。


そのことに罪悪感を感じることもありませんでした。


でも、広島に住んだ時に 日常的に原爆ドームに誰々が来たとか
いろんなニュースが流れていました。

病院には、原爆手帳を持っている方は、出してくださいと言う
張り紙が普通に貼ってありました。


歴史の中の一つの出来事としてしか見ていなかった
広島の原爆が、今も日常に存在していることに大きなショックを受けました


それまでよりも身近になったけれど
私は何もしなかった


その後、転勤を重ねて 阪神大震災の前の年
広島と県境にある山口の町に引っ越した

そして、その時 実家に帰っていて阪神大震災で息子を失った

阪神大震災の年は、戦後50年の年でした。
その年の今頃、テレビでは、戦争についてのたくさんの番組やニュースが
放送されていました。

その一つの番組で 一人のおばあさんが
お話をしていました(こんな感じの内容)

「私の子供は、5歳の時に原爆の犠牲になった。
辛くてあの時のことは、ずっと話すことをせずに生きてきた

でも、あれから50年経ち 自分も年をとり
自分の命もあとどれぐらいあるかわからない

このまま、自分が死んでしまったら
あの子が、この世にいたことが 消えてしまう。

あの子の存在が消えてしまう
そうならないためにも あの子のことを話そうと思った」


50年たって初めて 亡くなった子供のことを話そうと思った気持ちを
話されていた。

そのおばあさんの気持ちが、すごくわかった


わずか、一歳半しか生きていなかった将君が
みんなの中から消えてしまうのが悲しいと
思っていた時だったから。

将君のことをみんなに覚えていてもらうために
頑張って外に行って将君のことを話し始めた時だったから。


18年たった今でも、そのおばあさんのことを時々思い出す

おばあさんの名前も子供さんの名前も覚えていないけれど

でも、そんな風に 50年が経っても
子供のことを思い続けている一人のお母さんがいたことを
私は忘れない。


そして、50年たっても 70年たっても
お母さんが生きている限り 子供のことを思い続けているのよね
2013.08.05 Mon l 将君への想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
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