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『しあわせ運べるように』(作詞作曲 臼井真さん)との出会い

息子を助けられなかった私が
どうすれば 何をすれば生きる事を息子に
許してもらえるのだろうと思って
色んなことをしてきました。

その中の一つ、
息子の事、震災の当日の事 悲しみの日々を
綴ったホームページの作成。

そのサイトを通じてある人と出会いました。
その人は、神戸市の小学校の先生です。

その先生から、
震災の歌があるのを知っている?と教えてもらったのが
『しあわせ運べるように』でした。

今ほど、ネット人口が少ない時代でした。

その方は、ホームページなどで流す「midi」を自分で作られている方で
その方の作ったしあわせ運べるようにのmidiも、作っておられました。

それが、私が、初めてしあわせ運べるように時の事です。

その時は、どんな歌詞もわからず ただメロディだけのその曲を
ホームページの音楽として使っていました。


当時は、まだ著作権が厳しくなく自由に使えました。

その後、ホームページでその曲を聞いた方が
ネットでその歌が、震災の歌である事を知り
私に、その楽譜が欲しいけれどどうすればいいのかと
連絡をくださいました。

それで、知り合いに連絡をして
先生とつないでいただいて
私のことと ホームページで使わせていただいているという事と
楽譜が欲しいという内容のお手紙を送らせていただきました。

先生からは、楽譜と一緒に
震災を伝える為に使っていただけるのであれば嬉しいですと
お返事をいただきました。


実は、私は、そのとき
『しあわせ運べるように』という歌を
受け入れる事ができませんでした。

理由は、歌詞の中の
「亡くなった方々の分も毎日を大切に生きて行こう」
という歌詞の部分が、どうしても受け入れられなかったのです。

自分が助ける事ができなかった
守る事ができなかった息子の命。

その命の分も自分が生きようとは
思えなかったのです。

そんなある日、友達から
「震災で弟さんを亡くされた方がいて
その方のミニコンサートがあるから行ってみない?と
さそわれました。

その方は、しあわせ運べるようにも歌われているのよ」

家から近かった事
弟さんが震災で亡くなっている事
そして、しあわせ運べるようにを歌われているという事

その3つが重なって私は
そのイベントに行く事にしました。

それが、今回、歌を歌ってくださる
森祐理さんでした。

森さんは、弟さんの事 今の自分の想いなどを
話してくださいました。

私自身の想いと重なり涙が止まりませんでした。
そして、しあわせ運べるようにをそこで始めて聞きました。

その時に、CDを購入しそれから
しあわせ運べるようにを聞くようになりました。

でも、やっぱり
亡くなった方々の分も〜の部分は
どうしても受け入れる事ができませんでした。

そして月日が経ち、
私は娘への想いを綴った「ゆうへ〜生きていてくれてありがとう〜」を
出版しました。

その次の年の1月17日
震災9年の年の兵庫県の慰霊祭で 遺族代表として
挨拶をすることになりました。

その慰霊祭で流れて来たのは
「しあわせ運べるように」でした。

その歌を始めてじっくりと聴いたという主人は
ずっと涙を流して泣いていました。

その時に、臼井先生に出版したての本と一緒に
その慰霊祭の様子をお手紙にして送りました。

以前、お手紙を出させていただいたものである事
しあわせ運べるようにの歌を最初は、受け入れる事ができなかったけれど
時間とともに自分の気持ちも変化し、
表現は違うけれど 歌の意味を考えて
自分の気持ち重ねる事ができるようになりました
という気持ちを伝えました。





その後、神戸でしあわせ運べるようにを披露するイベントがあり
先生に直接お会いしたくて 伺いました。

以前、お手紙を書かせていただきましたと
お伝えすると、覚えてくださっていました。

そんな風に始まった、先生とのつながりです。

それから、しばらく先生とはお会いする機会はありませんでした。

そして、私は、2005年、ある事をきっかけに
震災から離れることになります。

震災という言葉を聞くだけで拒否感を感じ
講演も取材もすべてお断りさせていただきました。

それから、何年か経ったある日
テレビ局の方から連絡がありました。

臼井先生の取材をしていますが
その中で先生が印象に残る方としてあなたの事を
話してくださいました。

取材をさせてくださいと。

取材を全てお断りしていたのですが
私が、まだまだつらくて生きる道を探していた時期に出会った
しあわせ運べるようにと臼井先生。

今、たくさんの時間を経て
臼井先生とつながる。

その意味は、きっと私にとってとても大切な事だろうなと
直感しました。

その再会のきっかけを大切にしたいと思い
取材を受ける事にしました。

そして、ルミナリエの開会式の時に
しあわせ運べるようにが歌われるという事で
開会式を観に行きました(取材ですが。。。)

そこで、臼井先生と始めてゆっくりとお話しさせていただきました。


その後、テレビ局の方にお願いして
臼井先生とお話をする機会を作っていただきました。

学校の音楽室でお話を聞かせていただき
子供達が、1月17日に向けて練習していた
「しあわせ運べるように」を目の前で聴かせていただきました。



そして、震災から16年後の2011年
東日本大震災が起こりました。

その時に東日本大震災の事を考えるプロジェクトの
お手伝いをして、臼井先生のしあわせ運べるようにの
取材を担当させていただくことになりました。

丁度先生は、自叙伝を出された直後で
その本を読ませていただいて取材に伺いました。

本の中には、震災で亡くなった教え子さんを思って
歌を作られたと書いてありました。

インタビューを終えて先生とそのお話しになり
私にも歌を作っていただけたら嬉しいと伝えました。

先生は、歌詞はお母さんの想いで作った方がいいと
おっしゃってくださいました。

当時、娘は18歳、天国の息子もな年。

そこで、二十歳の記念に歌を作りたいと思うので
その時は、よろしくお願いしますと
今考えると、とてもあつかましい話なのですが
そんな風にお願いしておわかれしました。


そして、二十歳になる前に
再び先生にご連絡をさせていただき
子供達ももうすぐ二十歳になるので
歌を作っていただいてもいいでしょうかと
連絡をしました。


本当に本当に厚かましいのですが
その時の私は、息子の為に何かをと必死でした。

先生は、快く引き受けてくださって
私が、作詞することになりました。

でも、作詞ってとても難しく
想いは綴ってみるものの
歌詞とはほど遠いものでした。

先生は、私の想いを綴ったものを
歌に合うようにまとめてくださいました。

そして、成人式の直後の2014年1月17日
先生の勤めていらっしゃる学校に伺い
初披露ですとピアノを弾きながら歌ってくださいました。

私の想いそのままの歌でした。

その後、CD化できたらいいねということで
進めてきました。

しあわせ運べるようにも歌っておられる
森祐理さんに歌っていただけたら最高ですねと
先生はおっしゃって、私もそれが実現できたら最高だと思いました。


森祐理さんとは、随分前にイベントでお会いしてから
毎年、1月17日に東遊園地の神戸市の慰霊祭の後に
ご挨拶させていただいていたので
私から事務所にご連絡させていただきまいた。


祐理さんも快く承諾していただきました。


この19年間、それぞれの想いを持って
震災と向き合って来た先生と祐理さんと私。

このような形で一つのものを作り上げる事ができること
天国にいるみんなの力添えがあったからだと思っています。


それぞれの想いがこもったこの歌のCD化。

それをジャケットに込めてそれぞれの想いを
残す事ができたらと思っています。


臼井先生 祐理さん
祐理さんの事務所の方
レコーディングに協力をしてくださる方々
そして、歌を歌ってくださる子供達と
それを承諾してくださった学校の先生方

その他に関わってくださったり
応援してくださっている全ての方に
心から感謝の気持ちでいっぱいです。


「笑顔の向こうに」の歌詞は
今年発売した絵本の最初のページに載せたもの。

でも、その部分は
実は、2001年5月5日に
将くんのホームページの日記に書いていたものでした。


東日本大震災後に受けた
複雑性悲嘆の治療からそう思えたと
勘違いしていた(笑)

震災から6年とちょっとの時に
そんな風に思っていたんだね。

忘れないように記録しておこう。
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2014.08.01 Fri l 成人式 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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お宮参り 一才のお誕生日の時家族写真を撮りました。


男女の双子でこれからどんなふうに成長していくのだろうと楽しみにしていた時に
阪神大震災が起こり、息子が天国に旅立ちました。

双子のなので七五三も入学も成人式も一緒にできると楽しみにしていました。
七五三は、息子がいないという深い悲しみの中、
どうしても娘だけの七五三の写真を撮ってお祝いする気持ちになることができませんでした。

入学式の時も娘のことを想い、写真を残してやらなければと思いましたが、
一緒に入学する息子がいない悲しさから どうしても娘だけの写真を撮ることができませんでした。
3歳の七五三に撮ってあげれなかったから撮ってあげたい、
でも、それができない今の自分の悲しみ。

その板挟みでいろいろ悩みました。

でも、やっぱり娘に写真を残してやりたいと思い、
思い切って息子の写真と一緒に撮影をできないかと問い合わせをしたところ、
快く受けてくださいました。


そして、今年、20歳になり、来年の1月、成人式を迎えます。
七五三の時には、悲しみが大きすぎてお祝いをしてやることがでず写真も残してやることができませんでした。

あの日から18年以上が経ち いろんな人に支えられ、
やっと成人式には、七五三には、残してやれなかった分
たくさん写真を残してやりたいと思えるようになりました。

でも、本当なら息子も一緒に成人式を迎えるはずだと思うと 
娘が成長した喜びと同時に成長できなかった息子の事を思うと
今でもつらく悲しい思いになります。

入学式の時にお願いした写真館さんなら 
息子の写真と一緒に撮影することを受け入れてくださると思い
ご連絡させていただきました。

思っていました通り、入学式の時と同じように快く引く受けてくださいました。


あの日から、ずっと息子のいない成人式のことを思うと心苦しく辛く思っていましたが、
思い通りに息子の写真と一緒に成人式の写真撮ることができ、
本当によかったと思っています。


最後まで悩んでいた 一枚のカット、それは、私と息子の写真とのカットです。

撮影が始まってからも 撮ろうかどうか迷っていました。

撮影が進むにつれて、娘の晴れ姿を撮ってもらっている様子を見て
やっぱり 息子のために 息子の成人式の写真も撮りたくなりました。

でも、撮りたいけれど、そのカットをスタッフの方に撮りたいと伝えられずにいました。

そんなとき、スタッフの方が、息子の写真の裏に書いてある ミッキーのサインを見つけてくださって
その時の話を聞いてきてくださいました。

天国の息子のことも受け入れてくださっている気がして
伝えることができずにいた、息子の写真と私のカットを撮りたいと伝えることができました。


この世にいない息子の成人式のお祝いをしてやることができたこと
本当に本当に感謝しています。

息子の写真と一緒に成人式の写真を一緒に撮ることができたこと これから私が生きていくための支えになります。
本当にありがとうございました。


最後になりましたが、娘もスタジオの撮影のみだけでなく、西宮えびすでの撮影も
着物で歩く大変さや 日差しなどもとても配慮していただき
女優さんになった気分で、楽しく撮影だった クセになりそうと話していました。

アルバムの表紙は、恥ずかしいから自分の写真は絶対に嫌だと言っていたのですが
出来上がった写真を見て とてもきれいに写していただき
自分の写真でもいいと 言ってくれました。

大好きなワンちゃんとの写真も思い出になりました。


七五三に、写真を撮ってやれなかったこと、娘にずっとずっと 心の中で申し訳なく思っていました。
でも、あの時は仕方なかったと自分に言い聞かせて生きてきました。

どの写真も愛おしくて 選びきれずにたくさん焼き増しを注文してしまいました。
娘も親の愛情を改めて感じてくれたようです。



天国に旅立った息子の生きるはずだった 過ごすはずだった時間を思うと
どんなことをしても 悲しさなしでは、過ごせません。


でも、どんなに悲しんでもどんなに否定しても どんなに嫌だと言ってもえ
時間は、流れていきます。

その時間の流れに たくさんたくさん苦しんできました
そのたびそのたび、たくさんたくさん 泣いてきました

でも、それでも いてくれたら幸せだったのにという
いろんな出来事が、日々襲ってきます(+_+)


いつしか、そんな日々を泣いて暮らすのではなく
将君のためにできることをしようと思えるようになりました


成人式
私にとって 大きな出来事でした

二人がお腹に入った時から
その時の幸せな時間を夢見ていました

その分、将君のいない時間をどう過ごしたらいいのかも
考えてきました


今回の、成人式の写真
自分の納得のいく写真を撮ることができました
2013.08.07 Wed l 成人式 l コメント (2) トラックバック (0) l top
しっかりと握っていたはずだった風船

ちょっと力を抜いた途端
娘の手を離れて 空に飛んで行った

大事に大事にしていたのにね

でも、きっと その瞬間
風船よりも他のことに意識が行ってしまっていただろうな


飛んで行った風船は
もう、帰ってこない


風に流されて どんどん遠くに行ってしまう


きっと、風船は、将君のところに行ったのかもしれないね
そう話したっけ。


遠い遠い娘が幼い日の出来事


幼かった娘も、もうすぐ二十歳。

親の手を離れて大人になり
自分の世界で生きている


18年前 生きているのがしんどくて
でも、この子が大人になるまでは
生きていようと決めたっけ


約束の期限が、もうそこまで来ているって
そんな風に感じる今日この頃


二十歳のお誕生日の日
家族で夜景のきれいなレストランに行ってお祝いをします

お祝いのシャンパンをあけて
一緒にお酒を飲むのが 娘が小さいころからの
私の夢・・・・。

家族で写真を撮って 一生思い出に残る
一日にしたいなって思っています


同じ日に 二十歳になるはずだった息子
会いたいな~ 会えるかな~?


写真屋さんで見た
男の子の成人式の写真

こんな風に写真を撮っていたのかな?



なんで 死んでしまったんだろう?

なんで 将君だったんだろう?

なんで 私じゃなかったんだろう?



風になりたいな・・・・
そしたら、どこかで将君に会えるかな?
2013.06.17 Mon l 成人式 l コメント (0) トラックバック (0) l top
昨日、成人式の写真の前写しをしてきました。

せっかくだからと 家族写真もいっぱい撮りました。


将君がいたら、どんな感じの写真を撮ったのかな?って
色々考えたりします。

それぞれにアルバムを作るのかな?
女の子の成人式のアルバムは、豪華なものが用意されているけれど
男の子は、ポーズも少なくて地味。。。

二人で撮ったりするのかなぁ~?


最後まで悩んでいたことがあります。

将君と私のツーショットの写真。
家族写真の時には、将君の写真を持って撮ってもらうことは
最初から話していましたが

将君の写真を持った私一人の写真を
撮りたいと 言うのが なんだか気が引けたりしたのもありました。


撮影が始まって、何枚か写真を追加しました。
パパと娘の写真
私と娘の写真
そして、私と将君の写真の写真

それを言えたのは、
写真屋さんが、将君の写真と一緒に撮る私の想いを
ちゃんと受け入れてくれたと感じることができたから。

その写真屋さんは、阪神大震災でも被害を受けた
地元の写真屋さんです。

二人のお宮参り 1歳のお誕生日と家族写真を撮ってもらった所。

金額は、高くなってしまったけれど
将君のための成人式の写真を撮ってあげることができて
心は、晴れ晴れしています。

ただ、この日に向けて 1年ぐらい前から
将君の写真と記念写真を撮ることができたらいいなって
一人考えていて

娘にそのことをどう伝えよう
娘が、いやだと言ったら どうしよう?

私は、将君の写真と一緒に撮れないことを納得できるのかな?
納得しなくちゃいけないのかな?

って。

娘に話したところ
なんとなく、え?一緒に撮るの?という空気が流れたけれど

「ママ、そうしたいなら いいんじゃない?」と言ってくれた。


娘の想いを深読みすると
本当は、いやだと思っていたかもしれないなって思う。


でも、小さいころから 何かの時には
将君の写真と一緒に 写真をとってきたので

ここで、いやだと言えないと思ったりしたのかもしれないし
あまり、深く考えていないかもしれないし

娘しかわからない思いだよね。


将君の写真と一緒に撮ることを受け入れてくれた
家族と写真屋さんに 感謝だね。


娘が言いました、

将君が生きていてくれたらいいのにって。



みんなが、いくらそう思って 生きていてほしいと願っても
やっぱり、将君は帰ってきてくれない


将君のいない 色んな行事を今までたくさん過ごしてきた。
そのたびに いてくれたらと悲しくなってきた。


私の生きている限り
何かがあるたびにそうやって これからも生きていくだろうな。


双子だから、入園式も 卒園式も 七五三も 入学式も 卒業式も
成人式も 一緒だったんだものね。


そのたびに 喜びと悲しみが 同居していた。



今日は、疲れがどっと出ています。


でも、18年間 心のどこかでいつも気にかけていた
成人式の写真を私の納得のいく形で撮ることができて
やり遂げた感で いっぱいです。
2013.05.08 Wed l 成人式 l コメント (2) トラックバック (0) l top
娘の成人式の写真を撮ってもらう写真屋さんは
二人のお宮参り、1歳の記念写真を撮った写真屋さんです。

1歳の時の写真を撮っているということは
毎年、お誕生日の時に写真を撮ろうと思っていたのかもしれないね
忘れていたけれど・・・・。

その時の写真を出してきて見ました。

20年ほど前の写真には、
若いおばあちゃん おじいちゃん パパ ママ
そして、子どもたちが映っていました。

みんな、いい笑顔でとても幸せそうです。

結婚7年でやっと授かった子どもたち。
幸せいっぱいの毎日を過ごしていました。

その幸せいっぱいの笑顔を見て
悲しくなってしまいました。

深く考えると落ち込むので さらっと想いを流して
アルバムを閉じました。


娘の成人式の色んな事をしていると幸せを感じます。
でも、その想いとならんで 成人式を迎えることができなかった
息子のことを思います。
2013.04.18 Thu l 成人式 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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