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1月17日が終わって ホッとしたあたりから
私の心は、東日本大震災に向けて 動き出した

ネットで東日本大震災関係の記事を探したりしながら
情報を集めていた

2月末に 宮城の友達に会うことにした

3月11日には、そっとしてあげた方が良いかな?って
私なりの想いがあって あえてその日じゃない日を選んだ


でも、その日を何もしないで過ごすことは出来ず
神戸で行われる 3月11日の為の行事を探していた

そんなときに、知り合いがたくさん参加する
追悼行事のボラティアバスが 神戸から出ることを知った

その行き先が、知り合いがいる地域だった
知り合いには、言わず そっと行くつもりだった

そして、一番近い場所で祈りたいと思った。

娘に話すと娘も一緒に行きたいと言った。
そして、3月9にちから11日まで宮城に行って来た

神戸にいても落ち着かないで過ごすだろうから
言ってよかったと思う

辛い経験をした人の想いを肌で感じた
新聞やテレビでは、絶対に伝わってこない想い・・・


そこでは、神戸で震災を経験した私が
共有してあげれない程の大きな悲しみが溢れていた

何も言ってあげることが出来ずに 何も出来ずに
その時間を過ごした

私は、阪神大震災で遺族で 東日本大震災の遺族ではないこと
(わかっていることだけど 改めて)
2年と18年の時間の違いを 痛い程感じて帰って来た

わかっていたことだけど 何も言ってあげれない・・・
でも、そばにいてあげたかった
辛くて しんどくて どうしようもない気持ちになったときに
私に会いたいなって 少しでも思ってくれた時の為に
そばにいてあげようと思った

必要でなければ それはそれでいいと思ってた
私は、出来るだけ近くで祈りたいだけだったから

黙祷したときに 娘も泣いていた
帰りの飛行機で 娘が言った

1月17日には、あんな風に悲しくなって 泣かないのに
今日は、泣いてしまった どうしてなんだろう?って。

娘は、友達の子供を思うと辛くなってしまう
なんで、こんなかわいい子がと思うと悲しいと。

娘は、阪神大震災を覚えていない
そして、将君のことも記憶に無い

東日本大震災のことは 知っている
そして、高校生だった娘は、その現実を感じる事が出来るほど
成長していた

その違いなんだろうなって思う


そんな風な想いで過ごした 3月11日から まだ、一週間も経っていない

私の頭の中は、今も3月11日のことでいっぱい


ジムに行っても 頭の中で宮城でのいろんなことを考えてしまう

その想いを言いたくても それを自分から話すことをためらってしまう

18年経っても 昨日のことのように
阪神大震災のことを考えている自分がいる

18年という時間は、とてもとても長い時間のはずなんだけど
私の中では、ついこの間の時のような感じがする

笑えるようになったし 前を向いて歩いていこうと思えるようになったけれど
それらの根底にある想いは、将君を思っているから。
たくさんたくさん 悲しんで苦しんで後悔して
その想いをの延長線上に 笑って生きる 前を向いて生きるがあるということ

決して、乗り越えた訳でもないし 
世間で言う 前を向いて歩けるようになったという物ではない


笑っていること 前を向いて歩くことの
その裏にある 悲しみや苦しみは なかなか理解してもらえない


宮城で出会った人たち
そのパワーの源は、大切な人を思う想いであるんだろうなって

決して、2年経って 前を向いて歩けるようになったという
そんな 簡単な言葉で表現できないんだろうなって思う


私は、一生 何かしら 震災に関わって生きていくんだろうな
その目的は、将君が生きていた事を残すため。。。

将君は、死んでしまって それで終わりにはしたくない

私の18年間は、その為に生きて来たと思う
それが、私の原動力かな?

そう思って 18年間 頑張って来た色んなこと
それが、宮城の友達との出会いのきっかけになった

本当なら 出会いたくなかった人たちとの出会い

辛いけれど 辛いけれど・・・
将君がつなげてくれた出会い 大切にしたいです


日常生活で言葉にできない
震災関係の想い 将君の想い

私は、こうやってブログに書いて すっきりしているんだろうな
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2013.03.15 Fri l 東日本大震災 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
テレビでソウルフラワーユニオンというグループの
満月の夕(まんげつのゆうべ)という曲を紹介していた


阪神大震災直後に生まれた歌
それが、今、全国で歌われているという

曲を聞いていて 涙が出て来た

あの時の街の様子が頭に浮かんで来た
あの時の悲しみが 頭の奈に広がった

普段は、当時のことを深く考えずに生活している私だけど
ちょっとした、瞬間にあの日のことを思い出す

阪神淡路大震災と東日本大震災
何かにつけて関連づけられて報道されている

二つの震災は、自然災害であり 大きな被害がをもたらしたことについては
同じかもしれないけれど

同じだとは思わない

もちろん、似ている部分も同じ部分もあると思うけれど
いろんな意味で ちがっていると思う

どひらが辛いとかどちらがしんどいとか
そんなことを比べるわけではない

経験した人にしかわからない それぞれの苦しみがあると思う

でも、
わかるよ そうそう 一緒という思いもあると思う
その部分でつながった人たちが たくさんいると思う

お互いを思いやり 理解しようとして
同じ思いの部分を大切にして つながっている人たちは
たくさんいると思う

私の知り合い 3月11日に向けて
それぞれにつながった人たちに会いにいきます

自分たちが あの辛く苦しいとき
そばにいてくれた人のことを思い出し感謝し
そして、今 大切だと思う人に会いに……


私も明日から 東北に行ってきます
大切な人のために祈りたいから…
2013.03.08 Fri l 東日本大震災 想い l コメント (8) トラックバック (0) l top
久し振りの日記更新・・・

想いをうまく伝えられなくて
日記が書けずにいました

書けることから 少しずつ 書いていこうと思います




先週、宮城県に行ってきました
大切な友達に会いに。


同級生にも会ってきました。
2年前の3月11日 地震一報を聞いた直後に連絡した友達

直後から、同級生みんなで
その子のために できることをしました。

絶対にいつか 会いに行くからねって
伝えていました。

今まで、何度か東北方面に行くことがあったけれど
予定が会わず、会えないまま2年が過ぎようとしていました。


今回、同級生のところまで 連れて行ってもらいました。

やっと会えた と 感動の再会でした


連れて行ってくれた友達には、本当に感謝しています
2013.03.05 Tue l 東日本大震災 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
不思議な縁


2011年4月
私は、飼っているワンちゃんのトリミングに
いつものペットショップに行った

そこで、話題は東日本大震災のことに

お店の人が話してくれた
「うちのお客さんの御嬢さん 岩手で被害にあって亡くなったの、おなかには赤ちゃんがいてね。この間、見つかったらしいです。」


その話を聞いて
そのお店の人に初めて 私の経験を話した
出会って8年近くたっていた


そして、もし困ったことがあったら
私にできることであれば いつでもさせていただきますと
伝えた


それから、トリミングに行くたびに
様子が気になって聞いてみるけれど

詳しい様子はわからないままだった



去年の夏
被災地を取材した方の本を読んだ


そこに、西宮からお嫁に行った方が
被害に遭われたということが書いてあった


状況は、私がペットショップで聞いた話と似ている


でも、確かめることもできないまま
半年が過ぎた


去年の秋
その本を書かれた方とお話をする機会があった

その方のことを聞いてみた


取材をしたのは、もう一人の方なので聞いてみますとのこと


今年の1月17日
神戸の追悼のつどい会場に
本を書かれたお二人が来られていて
会いに来てくださった


そして、その方の話になった


相手の方に私のことを伝えてくださったみたいで

奥様が 私と会ってみたいと言ってくださったそう
ただ、今は、そこまで余裕がなく
「いつか」ということだった


家から 車で5分ほどのところに住んでいらっしゃるその方


私のほうから、声をかけるのは 違うと思う


その方が、私と話してみたいなと思ってくださった時には
いつでも 言ってください 5年後 10年ごでも いいですので
と 伝えた



その著者の方に出会わせてくださった方との出会い

そして、それが色んなところでつながっていった


神様とかを信じない私だけれど
何か不思議な力によってつながっているのかなって思った



来週
宮城に行きます


私になりに考えたおみやげを持って(^o^)
2013.02.23 Sat l 東日本大震災 想い l コメント (2) トラックバック (0) l top
もうすぐ、3月11日

2年前の3月11日 地震があった時間大阪にいた
めまい?と思うような ぐるぐる回る感じの揺れ

誰かが、地震と叫んだ

娘の友達が、福島にいた
その友達から 大きな地震が来たとメールが入った

別々に買い物をしていた娘が走ってきた



家に帰ってテレビを見て ビックリした
娘が、動揺して 「すぐに東北に行く 何かする!」と言った
今にも家を出て行こうとする勢い

今、私たちが行っても どうすることもできない
邪魔になるだけ

状況を見て 今できることをしようと
どうにか説得することができた


大人になったら、大型車の免許を取って
トラックで支援物資持っていくんだ!と言うほど
何もできずにいることが辛かったみたい



2年前のあの時から ずっとずっと私にできることを考えてきた


将君を失った 自分の想いと重ねあわせながら・・・


阪神大震災とは違う災害


その災害で大切な人を失ったり 
まだ 会うことができずにいる人たちがたくさんいて

その人たちの想いをわかってあげることができなくて
だからこそ、自分の想いだけで 何かをすることで

傷ついた心をもっと 傷つけてしまう気がして
どうすることもできず

ただ、自分にできることを考えていろいろしてきた
募金をしたり 街頭に経って、募金集めをしたり
支援物資を集めてその整理をしたり
実際に東北に行き それを渡したり・・・

そこで 出会った人たちと連絡しあったり


東北に行った時に 被害の大きさを目の当たりにして
自分の力が あまりにも小さすぎて

何日か行くだけでは 何もできなくて
まだまだ、することがいっぱいあるのに
神戸に帰らないといけなくて・・・・


このまま、ずっとここにいて
色んなお手伝いをしたいと思った

遠く離れていて そこにたびたび足を運ぶことができない自分を
せめて。。。。

そして、16年前の あの日の自分を思い出して
ぐちゃぐちゃになって・・・・

カウンセリングを受けながら
自分にできることを考えてた


そして、考えたのが
自分の経験をブログに書くということ


まだまだ、人の経験を知りたいとは思わないかもしれない


でも、いつか いつか どうやって生きていったらいいんだろう?
今までに 同じような経験をした人は、どうやって生きてきたんだろう?
そう思えるようになった時に

たった一人の経験だけど こんな風に生きた人もいるんだって
知ってもらえたらいいなって思った

私が書いた経験のたった 一言でもいい
あ、一緒 って 思ってもらえて 「私だけじゃなかったんだ」
そう思って 安心してもらえたらいいなって

自分がそうだったように・・・・


それが、正しかったのか そうでなかったのかは
よくわからない

もしかしたら、読んで嫌な思いをしている人いるかもしれない
そんな思いが いつも頭の中にある





去年の3月11日

伊丹市の昆陽池公園で行われた
東日本大震災の追悼のつどいに参加しました

700_20120311koyaike.jpg


ここは、神戸の1.17のつどいとは別に
毎年、同じようにろうそくを立てて 阪神大震災で亡くなった人のために
追悼のつどいを行っている場所です


関西でもその時間を祈るために
たくさんの人がお手伝いに来ました そして祈りました


私も祈りました
まだ、ママに会えていない子どもが ママに会えますように・・・・って





そして、もうすぐ2回目の3月11日がやってきます


その日は、被災したいろんな場所で 追悼の行事が行われると思います

被災した場所だけでなく 全国であの日に思いを寄せる人が
たくさんいると思います


私も娘と できるだけ近くで祈りたいと思います




宮城県名取市閖上
http://www.yuriage.jp/tsudoi/tsuitou2013.html

http://blog.e-stageone.org/?eid=867512
2013.02.19 Tue l 東日本大震災 想い l コメント (2) トラックバック (0) l top
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