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自分をわかってもらおうと頑張っても
人の気持ちを変える事は困難。

まずは、自分が変わって
相手を受け入れる事からはじめなきゃって

ずっと思って生きてきました。


でも、相手にわかってもらわなくてもいいと思ったら
無理に相手を受け入れなくてもいいんだって
ふと、思ってしまいました。


自分のペースでゆっくりと納得しながら歩んで行こうと思います。
結局は、自分自身で歩いて行かないといけないのだから。

その為にも少し、休憩が必要かもしれないね。

なんて、思っていたら
目の前にあるお菓子を一杯食べてしまっていました(汗)
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2014.08.14 Thu l 生きるために l コメント (0) トラックバック (0) l top
◆ 子供たちの笑顔を支えに ◆

笑顔・・・

笑顔でいるために
たくさんの想いを心の中にとじこめて生きてきました。

そんな私を見て周りにいる友達は
「よかった、元気になって・・・」と
喜んでくれます。

みんなが、こころから心配しているのを知っているから
「そうなのよ、ありがとう」と答えます。

一生、笑うことはないだろうと思っていたあの頃から
10年が過ぎようとしています。

悲しみを心の奥に閉じ込めるのが
上手になりました。

溢れそうになる涙を止めるのが
上手になりました。

涙を隠して笑顔で生活するのが
上手になりました。

でも、時々、ふっと不安になることがあります。

私は、悲しみというものに
麻痺してしまっているのかもしれないって・・・。

時々、突然、襲い掛かってくる悲しみがあります。

そのまま、その悲しみを自分の中に
受け入れてしまえば
今の自分を保てなくなりそうで
大声で「わ~~~!!!」っと
叫びたくなるような、大きな大きな悲しみ・・・

でも、その次の瞬間に
必死でいつもの生活に戻ろうとしている・・・

子供を失ったのに笑って生きている。
そんな自分自身に気がつき、そんな自分を否定したくなる

それでも、笑って生きて行くことを選んだ。
自分や自分を支えてくれている
大切な人たちのために笑顔でいたいと思う。

子供たちの笑顔を思い浮かべて思う

頑張って生きて行こう!!


***********************************

◆ えがおをふたたび ◆

この笑顔の向こうに
たくさんの悲しみがある

その悲しみは、決して癒されることはない
心の中から消える事がない大きな悲しみ・・・


その悲しみの向こうから
幸せだった日々を過ごしていたあの日の私達が
今の私にしあわせ一杯の笑顔で手を振っている

私は、その笑顔のおかげで
今、また、笑顔で生きて行きたいと思える

消える事がない大きな悲しみだけど
あのときの幸せな時間が
今の私の心の支えになってくれている

あなたたちの笑顔の思い出が
今の私に、再び、笑う事の喜びを思い出させてくれた

そして、この私の笑顔があなたたちの心の奥に届きますように…
2013.09.01 Sun l 生きるために l コメント (0) トラックバック (0) l top
大切な人を失った人たちは

それぞれの「あの日」からどうやって
「今」を生きてきたのでしょうか・・・

悲しんだり、苦しんだり、投げやりになったりしながら
孤独やたくさんの挫折を感じてきたことでしょう
それでも頑張らなくてはと思いながら
毎日を必死で頑張って、生きてきたのでしょう

その辛く苦しい思いは、決して消えることなく
これからも続いていくことでしょう

周りから、元気そうでよかったといわれ
笑った顔の奥の心の中まで理解してもらえるはずもなく
元気に見えた自分にさえ
罪を感じた時もあったのではないでしょうか


大切な人を失ってから 出す事が出来た悲しみは
それぞれの人の悲しみのほんのひとかけら

そのひとかけらを出すことさえ、辛く苦しいということを
どれだけの人が理解してくれているのでしょう

その人が抱えてきた悲しみ、
そして、これから抱えていく悲しみは
そのひとかけらの何倍も何十倍も何百倍も大きいのです


「頑張ること」は、必要かもしれない
でも、頑張ることだけでは頑張って行くことができない

でも、頑張ることでしか
自分をささえられない人もいるかもしれない

そんな人たちが、集まる事でちょっとした余裕が生まれ
今の自分を見つめる事ができるかもしれない

自分の納得できる道をさがしながら
それぞれの思いでそれぞれのペースで歩く事が出来る
そんな場所と仲間がいればいいなと思っています

2003年10月10日(金)
2013.09.01 Sun l 生きるために l コメント (0) トラックバック (0) l top
自分が、頑張って生きてきた道や出会い。

いろんな出会いがあったけれど、
私にとっては、今を生きることができるようになった
意味のある出会いが いくつかあった


その昔、ある人にその話をしたら
その人は、私の大切な人や会について
否定する言葉を言われた。


その人にとって、その人や会は
否定すべき存在かもしれないけれど

私にとっては、大切な存在。

それらが、なければ 
今の私はいないかもしれないというほど大切な存在。


世の中、いろんな考え方の人がいる
ある人にとって、受け入れられないほどのことも
違う人にとっては、大切だと思えることだってたくさんある。


知り合いが、言っていた。

遺族会には、それぞれの性格があるので
自分に合った場所に行くことが大切



自分の考え方が、正解ではない。
人それぞれに その人にとって大切なことがある。

違って当たり前。
だって、考え方も感じ方も表現の仕方も
性格も状況も・・・・ 色んなことが違うんだもの。


同じところがあれば、一緒だねって繋がって
違う部分があれば、そんな考え方もあるんだと受け入れる。


その考え方に染まるんではなく、自分の考えは自分の考え
人の考えは人の考え、どちらも間違っていない

お互いを受け入れてあげることができたら
繋がっていけるんだと思ってる。


そう思えるようになるまで、何年もかかったけれど
相手を認めることができると いろんなこと少しは楽になった。


最初は、どんな自分も自分自身で受けれるようになった時
どこか、吹っ切れた気がした。

そこからだったかな・・・・。

そしたら、友達の想いにも心を寄せることができるようになった。


簡単なことじゃないけれどね。


実例を挙げて説明できないから
わかりにくい文章でごめんなさい


今が、心から楽しいと思える日々を送れるようになったということは
私が生きてきた18年半は、間違っていなかったんだよね きっと・・・・。

頑張ってきた自分に自信を持って
これからも生きていこうと思う。
2013.08.27 Tue l 生きるために l コメント (0) トラックバック (0) l top
あんなに 悲しくて 苦しくて 自分を責めて 生きていたのに。

その想いを ずっとずっと持ち続けて生きると思っていたのに。


私は、一生 将君を守れなかったという後悔と
自分が生き残ってしまったという自責の想いの中だけで
生きていくと思っていたのに。

あんなに 元気なんかにならない なっちゃいけないと
思っていたのに。

今でも、その想いは、消えていないけれど
今の私は、あの頃の私とはちがう。
認めたくないけれど ちがう・・・。




そんな風に なっていく自分を認められなくて
苦しんでいた時期もあった。


でも、今の私は、そんな風に生きていることを
認めることが出来るようになった。

そう思えるようになるまで
苦しみながら 色々考えて 色んなことをして来た

最初は、みんな 将君の話を聞いてくれたりしてくれたけれど
時間とともに それが言えなくなってしまった。

それは、相手の問題ではなく 私自身の気持ちの問題だった。
私が、話せば きっと私の想いを否定せずに聞いてくれたと思う。

でも、私は、普段は、明るく接しているみんなの前で
将君の話ができなかった。

普段、そばにいてくれた友達に 自分の将君への想いを言葉で言えず
同じような経験をして ずっと 色んな想いを話して来た友達にも
話ができなくなっていった。

同じときに同じような悲しみを持っていたはずだったのに
そこから歩くスピードは、それぞれで

それを受け入れられなかったという訳ではなく

頑張って 前を向いている 向こうと頑張っている友達に
私のこの苦しくて 辛い想いを伝えては、悪いかなって 思ったりしたから。


同じ経験をしているからこそ 言えなかったりした。


苦しくなって どうしようもなくなって
私は、カウンセリングを受けにいった。

そこで、誰にも言えない想いを聞いてもらった。
話したからといって 悲しみや苦しみが消えてなくなる訳ではなかった

理解してもらえないと思ったこともあったけれど
その時の私には、誰にも言うことが出来ない想いを
聞いてもらう場所が必要だった。

将君を失った悲しみを楽にしいてほしいと
思って行っていたわけじゃなかった

話して すっきりして帰って来ていた。


そんな ぐちゃぐちゃになっていた私の生活の中で
私を変えた出来事がいくつかあった

その中の 友達の出会いと 父の死と 同窓会について
書き残しておこうと思う



〜ある友達との出会い〜

その友達は、「将君を思う方法は、悲しむことだけじゃない」
そのことを教えてくれた。

その子は、とても 荒療治の方法で 私を悲しみの中から
引っ張りだそうとしてくれていた。

震災から 7年が経った頃のこと。

そのときに思った。
この友達との出会いが、震災から3年目とか4年目だったら
きっと私は、この人と 絶対に友達になっていないと。


きっと、その子の言葉に ずたずたになって傷ついて
引きこもっていたかもしれないと思いながら 付き合っていた。


その子に教えてもらった
思う気持ちは、悲しむことだけじゃない

それは、今の私の生き方の原点の一つになっている。



〜父の死〜

震災から9年経った2003年 突然、父が亡くなった。
苦しいと言って救急車で運ばれてそのままだった。

悲しみの中で見えて来たのは、
父の生き方や考え方 そして、父を思って泣いてくれた
父の友達の想い


今は、いない父なのに
それらが 父がいなくなって悲しんでいる私を支えてくれた

私も 
私が、死んでしまったあと 私の生き方や考え方が
私を失って悲しむ娘の支えになったらと思った

その為にしっかりと生きていこうと。

悲しい経験をしても 周りの人や亡くなった人を思う気持ちが
再び笑うことが出来ることを
私の人生のすべてをかけて 伝えたいと思った

今、私は、
私の人生全てが 娘へのメッセージだと 思って生きている。



〜同窓会〜

震災から10年目に 行われた高校の同窓会。

その同窓会をすると決まったとき
みんなに 会うのがこわかった。

子供を亡くした私が、同窓会という楽しい場所で
存在できるのかと 不安だった。


私は、そこで笑うことが出来るのだろうか?
子供を亡くした私をみんなは、どういう目で見るのだろうか?

私は、どんな顔をして そこに存在していれば良いのか?

子供を亡くしたことを みんなに言いたいけれど
楽しい会で そんな暗い話をしていいのだろうか?と。


一緒に同窓会を企画した友達は、そんな私を受け入れてくれた。

何十年かぶりに連絡をした友達は、
震災で子供を亡くしたという話は聞いていたけれど
連絡先がわからず また、どう声をかけていいかわからず
何も出来ないままで 過ごしてくたことを話してくれた

あんなに高校時代仲良かったのに
将君のことを知っていても 何も出来ずに
いた自分が、情けないと 泣きながら言ってくれたりもした。


そして、同窓会の打ち合わせで 何人かの友達と
何十年かぶりに再会した。

その瞬間に みんなは、高校生に戻っていた
何十年という時間の壁は、会った瞬間に取り除かれた。

そして、私も 例外ではなかった。


あんなに色々心配していたのに
みんなと会っている間は、そんなこと忘れていた



震災から 10年

同級生に会い 私は、将君を失う前の人生があった事に
初めて気がついた。

その時まで、私は、阪神大震災で子供を亡くした人生以前の記憶は
何の価値もなく 私の人生には、必要の無いものとして 消し去っていた。


その後、たくさんの友達と再会し 将君のことも伝えることが出来て
たくさんの人が こんな私を認めてくれた

たくさんの想い出の中で 楽しい時間を過ごすことが出来た。

私にも 子供を失っていない時間があったんだと
気がついた 大切な大切な同級生との再会


その後、私は、将君のためでもなく 優ちゃんのためでもなく
自分自身の為に 楽しいことをしていきたいと素直に思えるようになった


今は、震災のことに関わりながら 将君への想いを綴りながら
楽しい時間を過ごしている私。

将君を思う気持ち 悲しみや苦しみが、消えた訳じゃない
自分の中で オンとオフのスイッチを上手に使い分けて過ごしている。

これは、18年かけて 社会の中で生きる為に
身につけることが出来た「巧みの技」だと思っている(笑)


「18年前に子供を亡くした」
知らない人が聞いたら 『18年も前の昔の話』

話さなければ そんな経験をしていないと思うような
日常を送っている私。

人から見ると 18年は、『ひと昔』も『ふた昔』も前のことだ
と感じるんだろうなって思う。

私に取っては、つい最近のことなのに・・・。


そんなことも いちいち 悲しいとか嫌だとか
思わなくなった。

私に取って、大切なのは 気になるのは
自分がどう生きるか どうすれば
自分の生き方が、自分がいなくなったときに
優ちゃんにとって 支えになるのかだけ。

将君に向かって歩いている私の横には
いつも娘が一緒にいてくれている


誰にも言えない想いを 娘に話している
もうすぐ20歳になる娘は、そんなママの想いを
まだ、言っているのかと あきれながら 聞いてくれている


思い出せば
将君を失った直後から 娘は、いつもそばにいてくれた

泣いている私に 幼い娘が 私の涙を拭きながら 頭をよしよししてくれながら
言ってくれた
「ママ、大丈夫だよ 将君はそばにいるから」と。


迷いながら  苦しみながら 生きて来た 18年。
人から見ると 腹が経つこともあっただろうと思うし
いつまでも 前を向けすにいたこと 心配かけていたかもしれない

でも、今の自分の想いや生活を 私は、満足している。
頑張って生きて来たと自分で思う。


そう思えるということは 私に取って 私のこの18年間の色んなことは
間違いではなかったんだろうなって思う

寄り道もいっぱいしたし 少し歩いては
わあ 振り出しに戻っているし。。。(涙)と思ったことも
何度もあった

でもでも、それでよかったんだと思う。

これから先も こんな感じで 悩んだり苦しんだりして
生きていくんだろうなって思うけど

私が人生を終えるときに これでよかったんだよと
思えたらいいなって 思う


でも、一つだけ 書いておきたいのは
同じように子供を亡くした友達と言っているのは

もしも、もしも 娘達の命が 私よりも先になくなってしまったら
もう、頑張れない。

あの想いをもう一度しなくてはいけないかと思うと
頑張るだけの気力は もうないよね

そう思う程、たくさん頑張って来たよねと。


思ったことを 何も考えずに ただただ綴ってみました。
内容も とびとびで 表現もぐちゃぐちゃ(涙)


5年後 10年後 私は、このブログを読み返す時があるかもしれない


その時の、私は 今の私をどう思うんだろうなって思う

きっとね
「私、頑張って来たやん」って 自分で自分をヨシヨシしてる気がする。


今の私が、あの頃の私をヨシヨシしてあげたいと思うように。
2013.03.20 Wed l 生きるために l コメント (2) トラックバック (0) l top
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