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長淵剛さんの歌「ひとつ」
http://www.youtube.com/​watch?v=cb-8vXLMOGU&feature=sha​re

この映像を見ながら 17年前を思い出しました。

息子を失い 何か月も悲しみの感情しかなかった私。

周りのことを気に掛ける余裕もなかった、娘のことさえもえ。。。
 
東日本大震災を受けて いろんなことで支援をしたいという人と
いろんなことをしてきた中で 阪神大震災当時
誰がどんな支援をしたかというのを調べるプロジェクトのお手伝い​をしました

こんなにたくさんの人が 色々と被災した人たちのために
活動をしてくれたんだということを初めて知りました

あのころは、そんな風にいろんな人が
活動をしてくれていることを知る余裕もなかったし
それに感謝する感情も消え去っていました

東日本大震災からもうすぐ11か月
家族を失った人 まだ、会えていない人達に
この歌の存在を知るだけの 余裕がないかもしれない

この歌を受け入れることができるほど
気持ちが 元気ではないかもしれない

あの時の私がそうだったように。。。


でも、17年たち
この歌を聞いて 涙が流れました
心が温かくなりました

悲しみを抱きしめて 生きていくことが
ずいぶんできるようになりました

亡くなった息子と自分がひとつになった
そんな風に感じられるようになりました

そうかんじられるようになって
心から笑えるようになりました

今、この歌を受け入れることができずに
悲しんダリ苦しんだりしている人 たくさんいると思います

でも、いつかこの歌の意味を感じられ
この歌を聞いて 心が温かく感じられる日が来て

自分たちを思ってくれるたくさんの人がいたことに
感謝できる日が来ると信じて祈りたいと思います
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2012.01.30 Mon l 東日本大震災 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
今日、娘と イザ、カエル大キャラバン http://kaerulab.exblog.jp/17198644/ にボランティアに行ってきました。


NPO法人プラスアーツさんの 防災プログラムです。


防災を楽しく学ぼうというコンセプトで
小さいお子さんのために作られたものです


去年の1月の末に行われた イザ、カエル大キャラバンには
お友達と一緒に出店団体の一つとして命を考えるプログラムを考えて
子供たちと命について一緒に考えました

今年、諸事情により出店はできなかったので
娘とボランティアとして参加してきました

去年と今年の違い
3.11が、あったため 防災について とても興味のある
お父さんお母さんが 多かったです
真剣に話を聞いてくれて 考えてくれました

娘とわたしは、違うプログラムを担当しました

会場には、高校生や大学生のボランティアの方たちがとても多かったです
大学生は、個人的にボランティアに来ていて
高校生は、学校のボランティア部のような
いろんなところに出かけて 活動のお手伝いをする部に所属している子たち


今までも、娘といろんなボランティアに参加してきたけれど
3.11以降 というか 年齢的な子とも菅家しているかもしれないけれど
今までとは違う思いで 参加しているようです



このイザ、カエル大キャラバンは、
プラスアーツさんの独自のプログラムのほかに
防災プログラムを実施している団体の人たちも参加して
子供たちに防災を考えるプログラムを実施しています


帰ってきてから、娘は、

「若い人たちが、あんなふうに活動をしているのっていいよね。そして、自分にできること、得意なことでも防災を考えるプログラムができるんだね。私もできるかな?」といいました。


私は、何年か前から 震災を伝えること 防災を伝えることを考えて活動をしてきました。
私たち、震災を覚えている人たちは、震災の大変さを伝えることをずっとしてきました。
それは、それで とても大切なことなので引き続きしていく必要があると思うけれど、

震災をまったく知らない人達に 震災を伝えるには
このような楽しみのプログラムを経験し 震災を知ってもらい考えてもらうことから
始めて行くことが大切なんだろうなって感じました。

震災を、防災を知るきっかけづくりですね。

娘もこのような活動にとても興味を持ったので 二人でできることを
考えることにしました。

たくさんのことはできないと思うし 発表の場は、ないかもしれないけれど
何かの形にできればいいなって 思っています。
2012.01.29 Sun l 震災・ボランティア l コメント (0) トラックバック (0) l top
家族を失った子供のケアについて いろんな物を読んでいると
家族を失った子供たちの傾向が いくつか紹介されていて
そのいくつかが 娘と当てはまっていた

亡くなった人になったように行動する
そういえば、優ちゃんも そういう行動をとったことがあった

当時は、私に気を使って 喜んでもらおうと思って
やっているんだね と涙した

その時の私は、自分のことが精いっぱいで
優ちゃんの心のことを考える余裕もなかった

きっと、子供失ったお母さんのほとんどが
亡くなった直後は、生きている子供のことを考える余裕もなく
毎日を苦しんで過ごしていたと思う

そんな子供たちは、誰につらいと話すことができるんだろう

子どもたちの微妙な心の変化などを誰が気づいてくれるだろう
少なくても親は、それだけの余裕はない

幼稚園にも学校にも行っていなかった娘
一日のほとんどを私と二人で過ごしていた

外に出ることもなく ずっと家の中で過ごしていた

親は、悲しみが大きすぎて
生きている子供のことを気にする余裕もなく過ごしているけれど
(子どものことだけではなく、すべてのことに余裕がなくなる)


でも、子供は違うんだろうな
きょうだいを失った悲しみだけでなく

お母さんの悲しみをいっぱい感じていたんだろうな

お母さんの様子を見て 自分が愛されているかどうかを
いつも気にしながら生きているんだろうな


アンテナが、働いて 敏感にお母さんの表情や言葉の
微妙な違いを感じていたんだろうな

そして、いつまでも泣き続けるお母さんを見て
自分は、愛されていないんだろうかと感じて行くんだろうな

そして、それが、自分を責めたり
自分が死んで きょうだいが生きていた方が
お母さんは喜ぶんだろうなって 感じていくんだろうな

それが、自分が生きんこった罪悪感に変わったり
自分のせいできょうだいが死んで知ったという気持ちに
変化していくのかもしれない

2歳にならない娘でも そんなことを感じていたんだろうと思う
そして、7歳の時に
「ママ、将君と私、どっちが死んだらよかった?」という言葉になったんだろうな

そして、今もきっと 娘は 私の言動を敏感に感じ取っているんだろうと思う
今でも、私に聞いてくる
「もし、私が死んで将君が生きていたら ママはどうだった?」って。


好きだといっぱい言っているのに
私のこと好き?って 何度も何度も確かめてくるもの

好きって 答えると
「わかっているんだけどね 聞いてみたかった」って。
2012.01.29 Sun l 心のケア l コメント (0) トラックバック (0) l top
子どもの心のケアについても 考える機会があった

親だけでなく きょうだいを亡くした子供たちの心のケア
10年ぐらい前に その大切さを伝えたいと思ったことがあった

その当時、ネットで調べてもあまりヒットすることもなく
世間的にもあまり注目されていなかった

娘のことが、とても気になったので 自分でできることと思い
子どもの心のケアをする人のための講習会を受けに行って
色々と勉強した

その時に言われた言葉がある
母親にとって子どもは、大切な存在で寄り添おうとする 
そうすればするほど 見えなくなるものが出てくる
母親にはできないケアもあるとのこと

私にできることは、するようにしてきたけれど
やっぱり、わからないことばかり これでいいのか?と
試行錯誤の日々


その後も、子供の心のケアについては 自分のこと以上に気になっていた。

3.11が 起こり 家族を失った人のことがとても気になった
子どもを亡くした人も気になったけれど
家族を亡くした子供たちのことが気になった

テレビでインタビューを受けているのを見て
その子が、笑顔であればあるほど 頑張ろうとしていればしているほど

本当の気持ちが表現できていないことを思い
辛くなって涙が止まらなくなった

それ以上 聞いてあげないでって。。。。

その時、阪神大震災でお母さんを亡くした知り合いのことが浮かんできた
つらい経験をして彼女は、生きてきたんだなって。。。

そのことをその子に話しました。
彼女は、子供を亡くした人のニュースを見ると
私のことを思い 気にかけてくれていたとのこと。

お互いが思いやっていたことを知り
同じ経験をしたものしかわからない想いがあることを
あらためて知った

そんなこともあり
3.11以降、再び 子供の心のケアで検索してみた。
たくさんヒットした

特に、3.11以降の記事がたくさんあった

きょうだいを亡くした子供たちのケアも
親を失った子供たちと同じようにケアを必要としていると
受け止めてもらったいるのを知って 嬉しかった

娘は、阪神大震災当時 1歳半
震災のことも将君のことも覚えてないけれど
小さな揺れでも 強く恐怖を感じている

1歳半の娘にとっての死
死を理解できない年齢の子は
きょうだいの死は、どんなふうに
感じていたんだろう

そして、私の言動が、同娘に影響したのか
娘の心の中は 娘にしかわからない
その娘も自分の小さいときのことは 覚えていない

私がわかるのは
目に見えてわかる娘の様子だけ

私の言動により 娘がこうなったのでは?と
想像することができるだけ

私たちの経験…小さい子供が経験した喪失の影響が
一つの事例として 今、東日本でつらい経験をされている方たちに役に立つかな?
それなら、私たちの経験を伝えたいなって そんなふうに思っています

17年前に 今のように 心のケアの大切さが
広まっていて ケアをしてくれる先生がたくさんいたら
私をはじめ 阪神大震災を経験した人たちの
人生も変わっていたかもしれないね


でも、私の17年間
今、こころのケアを受けて ケアの方法を知って、わかったことは

カウンセリング受けなくても
それと同じようなことを生活の中でやってきたということ

治療として確立されて方法ではないので
いっぱい苦しんだし つらい思いもしたし
時間もたくさんかかったけれど

自分で自分に合った方法で自分に合った時期に
自分で納得して ひとつひとつ乗り越えてきたから
揺るぎのないものだなって思った

自分の17年間を 書き残しておきたいと思った

東日本大震災で家族を失った人のために
できること 少しずつ見えてきました
2012.01.29 Sun l 心のケア l コメント (0) トラックバック (0) l top
東遊園地の1.17の集い会場で
1月17日午前1時過ぎに出会った青年

「ハワイから来ました よろしくお願いします」
彼は、突然そう声をかけてきました

私は、軽く挨拶をしてその場を離れた


5時46分の黙とうの準備が始まった4時過ぎ
つどいの会場で 再び彼に出会った

「私は、ここに来るのは 2回目です。10年目の時と今年 来ました。震災で母を亡くしました。生きたまま焼け死にました。私は、あそこで母のために祈りたいけれど テレビカメラがいっぱいあって、あの場所に行けない」


彼が指をさした場所は、1.17という竹でできた文字の「点」の部分


そこは、カメラにとってベストポジション
竹筒のろうそくの灯りと正面のビルの窓に作り出された『1.17』の文字の両方が入る場所。


テレビカメラは、その映像を撮るために 竹筒の前に何時間も前から陣取っている

以前、主人もその状況に激怒していたことを思い出した。


その時は、そのカメラがあるせいで 
竹筒のろうそくに火をともすことができず、
そこだけろうそくに火がついていなかった。
主人は、そのカメラの前に無理やり入って 
ろうそくに火をつけて カメラの前から動かなかった。

その話をしたとき 彼は、堰を切ったように話し出した
『遠いハワイからここに来ることは難しく、今年、7年ぶりにやっと来ることができて 
自分が祈りたいと思っていた場所でお母さんのために祈りたいと思っていたのに 
その場所にカメラがあって祈ることができない、ショックだ。アメリカでは、このような場所は、遺族のためにある。こんな風にカメラに邪魔はされない」と。

そばにいたカメラマンに聞こえるように話したわけではないけれど


カメラマンには、私たちの会話が聞こえたのか
一番近くにいた一人のカメラマンが、少しずつ後ろに下がっていった


誰のための追悼行事なんだろう?
伝えることは大切なことかもしれない
でも、でも…


なんか違わないかい?と思った私。


私は、カメラマンにその場所は、祈るための人にあけてほしいと何度も何度も言おうと思った


でも、5時46分は、私たち遺族にとって とても意味のある時間。
その日、その時間を安らかに祈りたい ここで私が言うことで 嫌な思いをお置きするだけ
そう思うと、何も言えなかった。

今回、あの場所で 私の周りにいたたくさんの遺族の人たちが 
メディアによって嫌な思いをさせられた。


主人は、あの場所に行くのをとても嫌がる。
それは、メディアの多さに 静かに祈ることができないから。。。。

遺族にとって 大切な人を失った人にとって
1月17日 午前5時46分は 大切な時間

ルミナリエは、静かに祈ることができないので
せめて、1月17日、その日だけは静かに祈らせてほしいと思う
2012.01.29 Sun l 特別な想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
15年前のお手紙.

こんな手紙が出てきたので 記録のために残しておきます

**************************************

1996年12月25日


双子クラブ の皆様へ

はじめまして。私は、将と優(3才5ヶ月)の男女のツインの母です。阪神大震災で将を1歳半で亡くしました。


双子グラブ からご香典をいただきながら、御礼のお手紙もかけないまま今日に至りました。申し訳ありません。

あれから会報はずっと送っていただき、何回か、会報に私の気持ち、将の事を書こうと思ったのですが、気持ちを文章にする作業はとても辛く、今日までできませんでした。

今回、自己紹介の原稿が私の順番になったという事なので、この機会に思いきって書くことにしました。

今日は、12月25日、クリスマスです。2年前は将と優、二人そろってのクリスマスでした。あの3週間後に将が、亡くなるとは思ってもいませんでした。

7年間の不妊の末やっと授かった念願の子供達で1年半の双子の大変な育児もとっても楽しく、よく主人と毎日私たちって幸せだよねと、話していました。

それが一瞬にして消え去り、50cm隣に寝ていた大切な我が子を守ってやることもできず、自分だけが生き残ってしまいました。あんな小さい子をたった1人で逝かせてしまうなんて母親失格です。

あの時子供をかばって亡くなったおかあさんがいっぱいいました。私は、情けなかったです。

双子の片方が亡くなってしまうのは辛いことがたくさんあります。残った優の日々成長する姿がすごく辛いです。そして、絶対避けられない誕生日、七五三、入園、発表会、入学式・・・・この先これらをどうクリアしていくかが問題です。

世の中には双子の一人を病気、事故、その他で亡くされた方がたくさんいらっしゃると思いますが、皆さんはどう生きているのでしょうか?

私が知る限りでは、日本には、双子の片方を亡くした家族(残った子供達も含めて)をサポートする会がないように思います。

無いのなら自分で作ればいいのでしょうが、なかなか一人するには大変なので、いつかできるといいのにと指をくわえて待っている状態です。

震災からもう2年が過ぎようととしています。この2年間、私は、将のために何をしてあげたのだろう。将のために何かかたちに残ることをしてあげたいと思いつつ、何をしていいか思いつかないでいます。

私がこの会に残らせていただいている理由は、

1)姿は見えないけど将と優という双子の親でいつづけたいから
2)優にあなたは双子なのよと説明するときのために
3)将が1年半だったけどちゃんとこの世にいたという証として
4)将が生きていたら男女の双子はどのように成長していくのかを知りたいから

です。

あれからもうすぐ2年が経ちますが、優の中にはしっかり将が住み着いていて、幼稚園には将くんも一緒に行くと言っています。優ちゃんは将くんが大好きで、今でもときどき何を思ったのか将くんの写真に顔をつけたり抱っこして寝ています。

私は、最近やっと会報もパラパラと目を通すことができるようになり、二人の子育てが大変だという皆さんをうらやましく思います。どういうかたちでもいい、抱きしめてあげれる将くんにいてほしかった
2012.01.29 Sun l 将君への想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
1日目から いきなり 4日目に飛びますが。。。


昨日、4日間連続の取材が終わりました。


10年ぐらい前に家族で取材をしてもらってから
10年ぶりの家族での撮影になった今回の取材

当初主人も、娘も嫌がっていましたが
東北の方へのメッセージという主旨である今回の取材に
二人とも参加をOKしてくれた

普通のニュースでの取材とは違い
普段 CMを作っている監督さんたちの撮影は
本当に楽しかったです。


昨日は、娘との時間・・・・
2歳ぐらいの時に描いた絵を一緒に見たり
ソファーに座って ハッピーと遊ぶ様子の撮影…

いつも通り二人でソファに座って
ハッピーと遊んでいると
監督さんが、
「ちょっと、くっつきすぎかな?」と言われたので

30センチほど離れてみた
「あ、いつもの距離でいいですよ?」と言われたので

娘とお互いに二人の距離を確認したところ
ちょっと、離れすぎ?なようで 不自然な感じがした

それで、お互いに落ち着く距離に戻ったのが
体をくっつけて並んだ状態


娘もそれで、落ち着いたようだった
娘と同じ距離が 落ち着いたということ
普段のままだから 当たり前なんだけど

ちょっと、うれしかったなぁ~


この感覚 残しておきたかったので
2日目 3日目を飛ばして 書いてみました
2012.01.29 Sun l 優ちゃんへの想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
今日は、某テレビ局の取材でした。

取材といっても 今までのようにニュースの中で
紹介されるものではなくて
番組紹介などの枠に入るようなもの
私が持っているイメージは、がん保険などで

よくある 実際にがんになった人が出てくるようなCM
その人の、いろんな場面とナレーションが
紹介されるもの

今日は、家族と一緒の場面の撮影
本当は食卓を囲んで食事というシーンだったけれど
私が、強く拒否して(苦笑)

お庭でのバーベキューを撮影してもらいました

普段、取材を受けるのを嫌がっていた
主人も10年ぶり?に出演

顔を出すことを拒否し続けてきた娘も出演
この取材が、家族の記録として 残ったらいいなって思っています

まずは、顔合わせをして
取材の趣旨等の説明
そして、撮影開始!!

いきなり、スパーリングワインで乾杯から始まり
バーベキュー
1時間半ぐらい楽しんで撮影終了

夜は、みんなで外でてんぷらをして食べることに
あげながら食べるてんぷらは、おいしかった~

スタッフの方たちも 初めての体験だと
とても喜んでくださった

この取材
いろんな思いがあって 受けることにしたけれど
私が、被災された方 特に家族を失った方に伝えたいこと
色々あるけれど

ただ、一つ選ぶとしたら
亡くなった人を思う気持ちが
私を強くしてくれたということ

この笑顔 お空のあなたに届きますように~
2012.01.29 Sun l 東日本大震災 想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
昨日の夕方、

震災を通じて知り合いになった某大学の先生が、ゼミ生と企画している
「ひまわりんく地球民会議」の打ち合わせに行ってきた

次回は、そこで知り合った女性(小学生のママさん)と私が
企画して 会議(講演とワークショップ)をすることになった。

講師の先生は、日本抱っこ法協会公認・上級ホルダー、下和田実先生。
テーマは、『:「『涙は心の自然治癒力』~抱っこ法と癒し~」』

抱っこ法とは、私たちは、いつも自分の気持ちを抑えて生活しています。なかでも、一番抑圧しているのが、泣きたいという感覚。しかし、感じている気持ちは、本来すべてがあっていいものです。その気持ちが自分のこころの中にあることをしっかり受けとめて、「泣きたいほどつらかったんだね」と寄り添うというもの。

昨日は、その下和田先生と一緒に企画している女性との打ち合わせ。
抱っこ法の説明を聞きながら、自分自身が、この17年間に見つけてきた生き方そのものだった。

誰にも教えてもらわず、いろんな人との出会いやつながりから
それを感じて生きてきた。


そして、今の私がいる。


泣くことは、悪いことじゃない…
娘が小学校に入るときに 感じたことがある。

私は、たくさん泣いてきた。
でも、泣いてきたからこそ 前を向くことができるようになった
一見、後ろ向きのような気がするけれど
生きていくためには 大切な行為だと思っている


その頃に、友達とのメールに書いたことがある


悲しみという『タネ』があって
(今思うとそれは、「生きる」の『タネ』だったのかも)、

それは、将君を思う気持ちという土壌に埋まっていて
そこに、将君を思って泣くことで『涙』という水を与えていく。
そして、その『タネ』は、その水を吸って『芽』を出していく。


そして、その『芽』は、『太陽の光』という将君や優ちゃんを思う気持ちというや
成長を妨げる寒さや暑さ、台風や大雨から守ってくれる囲いになって
寄り添ってくれていた家族や友達に守られて成長していく。

かかわってくれたすべての人の想いは、
きれいなお花(笑顔)を咲かせるための栄養剤になる。


台風や大雨 夏の猛暑や寒波など
一見、成長を邪魔するような厳しい状況は、
その花を強くしてくれる材料になるということ。
その時には、気が付かないかもしれないけれど大きく成長して振り返ったときに
その厳しい状況も、大切なことだったと気が付く。
笑顔という素敵な花を咲かせるにためには、
涙という水が必要。

でも、きっと水だけでは、素敵に成長はできない。
震災17年を前に、思うこと。

今まで私の周りにいてくれた人 出会ったすべての人たちに感謝したい。
そして、今、この想いを思い出させて
下和田先生との出会いに感謝!
2012.01.29 Sun l 心のケア l コメント (0) トラックバック (0) l top
今、取材を受けている。

今週末から4日間撮影をする。
その時に私たちの17年間を知ってもらうために
写真を見てもらうことになり
アルバムを出してきた。



地震後 2年間の写真を見た。
たくさんの写真は、息子の写真と一緒に撮っている


亡くなってしまったこと
なかったかのように生活していたあの頃。



息子の写真と撮った家族写真
ただ、息をして生きているだけで精いっぱいだった


今でも、クリスマスやお正月
息子の写真と一緒に記念撮影をしている



変わったこと
娘は、成長し 私たちは笑顔で写っている


変わっていないこと
写真の中の将君は、成長してない
(当然だけど)


肌に冬を感じ始める季節
私の時間は、あの日に向かって動き始めている
2012.01.29 Sun l 特別な想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
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