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いろんな想い
前を向くためのもの
過去を悔やむためのもの

日々 時間時間でコロコロ変わっていく
落ち着きのない わがままな私の想い

生きるため

その想いを必死で支え崩れないようにしてみたり
そっと、心の引き出しにしまってみたり

そんな一瞬一瞬の積み重ね
気が付けば、17年半という時間になりました

そして、その一瞬一瞬の積み重ねが
未来を作っていくんだよね

17年たって やっとそのこと
受け入れることができました


17年
長い時間だけど

私にとっては、一瞬のような感じる時間です
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2012.08.22 Wed l 阪神大震災への想い l コメント (0) トラックバック (0) l top

いじめ・・・

いじめられたことある?
いじめたことある?


うちの子、中学校の時
いつも言ってた 学校行きたくないって・・・

親として つらかったな
それまで、人として 優しい子でいてほしい

そう願っていた

だから、名前も その想いをこめてつけた

でも、優しいだけでは いけないんだ
あの時初めて それを知った

強くならなきゃ
生きていけない




震災があり、一歩間違えば死んでしまったかもしれない娘
そんな中 生きていてくれた

だから、どうしても 甘やかしてきた

私が、いろんなことから 守ってきた
守りすぎたんだと 反省した

二人で 泣きながら 色んなこと話した

友達を変えることは 難しい
まずは、自分を変えよう・・・

そうしないと どこに行っても同じことの繰り返し…


娘が幼稚園の頃
うちにお友達に来てもらって遊んでいる時

娘が、泣いていた
お友達に何か言われたんだと思ったけれど

いつものことだし
そんなこともあるだろうなと思っていた

でも、夜寝るときに
再び 娘が泣き出した・・・


娘「ママ、将君って おばけなの?」

私「何それ? 誰かに言われたの??」

娘「将君は、お化けじゃないよね・・・泣」


詳しく聞いてみると

お友達と遊んでいる時に その中の一人が、
「将君のお化けが出た 怖い!」と言った

そうすると、みんなが 「怖い 怖い 将君のお化けだ!逃げろ!」

と、大騒ぎになったそうだ


その状況も 嫌だったけど
「将君が、お化け」と言われたことが とても悲しかったみたい


その話を聞いて 私まで悲しくなって涙が出てきた

子どもって 悪気がない
だからこそ、子供の言葉は、恐ろしい・・・


その時、娘と話した
引っ越ししてくる前の幼稚園では
亡くなった子供は、天使になるって教えてもらっていた
(キリスト教の幼稚園)

そのことを思い出して その話をしたら

「そうだよね 将君は、天使だよね お化けじゃないよね」と
ほっとしたようだった








いじめる人は
いじめられる人の心理解してない

いじめている感覚もないのかもしれない

いじめられる方にも原因がある?
そうかもしれない


幼稚園の時のこの事件の時には、思わなかったけれど
(私も一緒に悲しくて泣いてしまったので)


苦しんで泣いている娘に
優しい言葉をいうだけが 愛情ではないと感じた

娘の苦しみを受け止めてあげることが一番大切なこと
でも、それだけで終わらせては 行けないと思った

私が生きている間は、どんなことがあっても
娘を守る。。。。

でも、私がいなくなったら 誰が娘を守るの?
結局は、自分で守るしかない

だから強くなってほしいと思った


でも、これは、私の考え方


知り合いの方のブログで紹介されていた記事
涙が出てきた・・・・

http://www.asahi.com/special/​ijime/TKY201208160557.html

自然災害や事故などで
死にたくないのに命を落としてしまう人がたくさんいる

生きていたいのに それができない人がいる

人が人を傷つけてしまうって とっても悲しい

でも・・・・
悲しいことだけど いじめは、なくならない


親として この記事は 胸が苦しくなります
2012.08.19 Sun l 優ちゃんへの想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
しばらく 日記の更新をしていませんでした

本当は、いろいろ書いているんだけど
公開できるほど 気持ちが整理でいていなくて

すべて 下書き保存 にしています



ま、いいか
自分の想いは、自分だけの中でしまっておいても

書くことで 心の中を整理するという目的は
果たせているものね
2012.08.19 Sun l ママの想い l コメント (2) トラックバック (0) l top

あの日から 17年と6か月半

明日。。。 次の瞬間を生きることさえ無理だと思っていた私が
今を生きている

この17年半のことを思いかえす

どうして 私は今を生きているんだろう?
どうやって 私は 生きてきたんだろう?

悲しみが大きすぎて 前を向けない自分は
それだけ、息子のことを愛していたからだと思っていた時期が
ずっとずっと 続いていた

悲しむことが 息子を愛している証拠
そう思って 悲しみの中で息子への愛を感じていた


なのに 今の私は、悲しみの中で生きていない

泣くだけの生活からそうじゃない生活に移行していく時期
息子への愛が 薄れてしまったのかな?と
苦しんだ時期もあった

でも、この17年半を振り返って思う
今の私の笑顔 その笑顔を思い出させてくれたのは
笑顔で生きて行こうと思えるようになったのは
将君への想い 愛が 大きかったからだと

笑顔になったこと
乗り越えたように 思われがちだけど

笑顔の奥には、息子への愛がいっぱい詰まっているということ
(もちろん、娘への愛もいっぱい詰まっている♪)

悲しんでいる時よりも
息子の存在が、深く深く私の心の中に入ってきたそんな感じがする

私の体から生まれ 一人の人間として行きはじめた息子だったけれど
また、私の体に戻ってきた 一体化した感じ

息子のことを忘れたらどうしようという気持ちも
もう 無くなった

だって、私の中に一緒に存在しているから


3年ほど前
同窓会をした時
同級生が 20歳のころ亡くなったことを知った

そのお母さんと初めてお話をした

私のことを担任の先生から聞いてくださったそうで
子どもを亡くすということについて話をした

亡くなって 25年以上経っても
息子が同級生の中に生きていて 思い出してもらえること
とてもうれしいとおっしゃっていて

私が
生きていれば 自分の子供もこうやって同級生と再会して
楽しい時間を持てるのにと 辛くないですか?と聞いたら

そのお母さんが、おっしゃった

「そういう次元の時期を乗り越えたわ」と


決して悲しみが消えたわけではなく

「卒業して 30年以上たって
このように息子のことを知っている人からの連絡。
そして、息子のことを大切に思ってくれてうれしい」からと
当時 クラスメイトだけのつながりしかなかった私に
毎年、名産のお茶を送ってきてくださる

お礼の電話をすると いつもおっしゃってくれる
「息子のために できることが一つ増えて 嬉しいです
気になさらないで」と。


亡くなって 30年近くたっても
息子さんのことを思い続けることができる
そんなことを知って 嬉しいです

私は、まだまだ、その域まで達していないけれど
いつか そんなふうに 心安らかに 暖かく
息子のことを思える日が 来たらいいなって思います
2012.08.06 Mon l 将君への想い l コメント (0) トラックバック (0) l top

世の中には、たくさんの人がいて
そのたくさんの人は、それぞれの日々を送っている

楽しいと思える日々を送っている人
辛いと思う日々を送っている人

毎日 たくさんの人が生まれ 人が死んで。。。
そのたびに幸せや悲しみが、新しく生まれて・・・

人類が 始まったときからそんなことが繰り返されてきた

自分が、子供を失うという経験をするまでは
テレビやニュースで子供が亡くなったというニュースを見て
可愛そう 辛いだろうな そんなふうにしか感じることができなかった

そのニュースは、事実を伝えただけにすぎなくて
そのニュースで紹介された人の悲しみやその後の人生や苦しみ頑張りを
想像させるようなことを伝えることはなかった


私のこの17年半の想いは
どう表現すれば 伝えられるのだろう?

伝える?
誰に?

記録するためにとブログやホームページで想いを綴ってきた

でも、自分で納得できるほど
想いを言葉で表現できずにいる

自分の想いを残すだけだったら
こうやって ブログに書く必要はないよね

日記って
本来 人に見せるものではないよね

人が見ていると思うと
書きたいことも書けなくなる

「ブログ」って 昔はなかった『ツール』

ホームページを作った12年前
取材を受けた

でも、新聞 テレビ
私の想いの ほんの一部しか紹介してもらえない

しかも、私が伝えてほしいと思うことではなく
新聞社やテレビ局が伝えたいことを
(読者や視聴者がどんなことを望んでいるか?)
方向性として記事や番組は、書かれたり作られたりしている

だから、記事だけではなく
ホームページも見てほしいと思った
私の言葉で私の想いを綴ったものだから…

あの頃は、ホームページを作ることは
特別なことで ホームページのソフトをつかって
日記というものを書いていた

ブログというツールができてからは
簡単に自由に思いを書くことができるようになった



でも、思う
私は、何のためにブログやfacebook mixiで
想い書いているんだろうって・・・


記録のためなら
後悔する必要ないものね

メッセージ性があるわけでもなく(+_+)

ま、私の場合 心の安定のためかな

人に甘えたり 辛いって言えない性格だから
こうやって、特定の相手ではないブログで思いを書く方が
気を使わず 楽です (^_^)
2012.08.04 Sat l 阪神大震災への想い l コメント (2) トラックバック (0) l top
ずっと やりたいと思っていたこと

もしかしたら、それを形にできるかもしれない

今日は、そのための第一歩の日でした
これが、どのように展開しているかは不明

いい形で展開していくかもしれないし
そうじゃないかもしれない

でも、動かなければ、何も始まらない
自分が100%納得できる形に展開しなくても
でも、この一歩が、次の一歩に繋がるはず
繋げてみせる・・・

それが、私が、私が生きていくための
理由になると思うから…


さっき、外を見たら きれいな満月

1995年1月16日から17日も満月でした

きれいな満月の光に見守られながら
息子の人生は終わりました

「満月」

きっと、私に何か力を与えてくれるかもしれない


「満月」が与えてくれる力を信じて
頑張ってみようと思う
2012.08.02 Thu l ママの想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
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