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昨日、番組を作ってくださった方たちと
久し振りにお会いして いろんなお話をさせていただきました


取材・・・
もちろん、お仕事ではあるんだけど
その中でも お仕事としてではない
それぞれの想いを持って
私たち家族のための番組を作ってくださっていたことを
お聞きしました


阪神大震災から18年が経ち

その18年間の間に たくさんの方が
阪神大震災の記事を書いたり 番組を作られました

最初のころ、1月17日までの間に
いくつも震災特集が放送されるため

それを録画するのに大変でした


それが、少しずつ減っていき
今年なんかは、震災関連の番組を探すけれど
へ?これだけ?って思ってしまうぐらい
地元でもそんな感じだったのです

それが、悪いと言いたいのではなく
そんな中、震災を事を伝えつづけようと
頑張っておられる方が 
今回の番組を作ってくださいました


私が、いろいろと頑張っていることについても
理解しようとしてくださっているようで

取材ではなく お手伝いできることがあれば
いつでも言ってくださいとおしゃってくださいました

それが、どれだけ現実になるのかは
待ったくわからないけれど

でも、そんな風に言っていただけるのは心強いことです


あと数か月で子供たちは、20歳になります
私に何ができるのでしょう

何をしてあげれるのでしょう


日常のバタバタで毎日を送るのが精一杯
時間が たくさんほしいです


2年前の同窓会に流れた曲です
かりゆし58「オワリはじまり」

♪もうすぐ今日が終わる やり残したことはないかい
親友と語り合ったかい 燃えるような恋をしたかい
一生忘れないような出来事に出会えたかい
かけがえのない時間を胸に刻み込んだかい♪


人生の後半に入った私たち
あとどれぐらい 生きていることができるのか
あとどれぐらい 元気でいることができるのか

そんなことを考える年齢になってしまいました

人生の終わりは、突然やってくるかもしれない
その時に、後悔なく人生を終えるという現実を受け入れられるかな?って考える


死ぬことは、怖くない
将君と同じ世界に行くことができるから

でも、死ぬことで 新たな別れが来る
それは、娘との別れ・・・・

今、私が死んでしまったら
娘は、とても悲しむだろう

もちろん、いくつになっても
私の死は、娘にとってつらいと思う


いつかは訪れる死
だからこそ その日までは、
残していく人たちのためにしっかり生きていようと思う

私の生き方すべてが 私が死んだあとに残る
娘へのメッセージだと思うから

そんなことを娘に言ったら
「重いっ!」って 嫌がられそうだけどね


私の人生は、自分が死ぬ時に焦点をあてて
進んでいる

その日を後悔なく 心残りなく
迎えることができるようにね



めちゃ、おばあさんくさい考え方だけど

将君の死 父の死を経験し
人は、死んでしまってからも 残した人たちに
たくさんのことを伝えることができるって
わかったから・・・


言葉足らずで
うまく表現できないけれど


ママは、
将君のこと死んでしまっても大好きで大切だと思っている
優ちゃんのことも将君と同じぐらい大好きでいる
そして、今を楽しそうに生きている

そのことを優ちゃんに伝えておきたいな
って思う


いつも 言葉にして 伝えているから
ちゃんとわかってくれていると思うけれどね(^^)/


うううぅ~
なんか、まとまりのない 文章がとびとびの
何が言いたいかわからない文章だ・・・(>_<)


頭の中、整理できずに 書き出すからこんなことになるんだよね(苦笑)


また、そのうち まとめます(まとめたらいいな・・・・)
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2013.02.25 Mon l 友達への感謝 l コメント (0) トラックバック (0) l top
2月ももうすぐおしまい

今日は、父の命日です

亡くなったのは、日付が変わったばかりの真夜中だったから
9年前のこの時間は、悲しみの中にいました


今日は、昨日の雨降ったり晴れたりした変な天気とは違い
きれいに晴れています


窓から入ってくる日差しも
1月17日とは違って 暖かさを感じます


子どもを失う悲しさと親を失う悲しさ
私の中では、違っていました


でも、思うのは、将君よりも父が先に亡くなっていたら
私は、父の死をもっと長く引きずって悲しんでいたのかもしれないって

将君の死から 9年後の父の死
その間に、私は、将くんの死の悲しみを受け止める
いろんな方法を学んできた

それは、悲しみを受け止めて乗り越えたということではなく
悲しみとともに生きるための方法や考え方かな?


突然の父の死は、ショックでとても悲しかったけれど
父の死が、私の人生・・・生き方に
きっと何かを教えてくれると思って 必死でその何かを感じようとした



そういう考え方は、将くんが私に教えてくれた考え方の一つ


父の死を父の同級生や知人は、本当に悲しんでくれて
父のためにたくさんの人が集まってくれました
泣いてくれました

そして 父が、みんなのためにしてきたいろんなことに
感謝してくれました

みんなは、そんないろんなエピソードを私たちに
話してくれました

家族には見せない 父の素顔を
たくさん教えてくれました


そんな話を聞いて 父は、突然逝ってしまったけれど
父の生きた人生は、幸せだったんだと思えました。


父の人生は、幼いころの父親の死から始まって
阪神大震災 自分の家での孫の死と
いいことばかりではなかったかもしれないけれど


父は、そんな辛いことにも負けないようにと
頑張ってきました


将君が、まだ助け出されていないとき
父と二人で外でそれを待っていた時に色んな話をしました。

父に聞きました
お父さんがなくなってどう思った?って。

すごく悲しかった

でも、父親がいない中で 後ろ指差されないように
負けるもんかと生きてきたこと

そんな父の人生と
子どものころからの父の私への想い
そして、将君を失った後の父の私への想いが

父を失って悲しんでいるときにたくさん思い出されました

そして、思いました
この悲しみを力にして しっかりと生きていかなきゃって

将君を失った私の悲しみを見て
心配してくれていた父の事を思い出して

父は、自分が死んでしまったことで
悲しんでいる私の姿を見たくないだろうなって

父の性格から、終わってしまったことを
ぐちぐち言っても仕方ないだろうって
思っているだろうなって。

それなら、泣いているその時間を
今やらなければいけないことに使おうと思った。


父の人生は、たくさんの友達や知人とつながって
その人たちとかかわっているときは
きっと、すごく楽しかったんだろうなって思う


それを感じて ほっとしました


私が、いつか死んでしまったときに
娘にも私の生き方が 悲しみから歩き出すための
力になってほしいなって思います


父の命日の日に・・・




(うまく想いが まとめられないので 上手に表現できるまで 何度も書くかもしれません・・・(^_^;))
2013.02.24 Sun l 父母への想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
不思議な縁


2011年4月
私は、飼っているワンちゃんのトリミングに
いつものペットショップに行った

そこで、話題は東日本大震災のことに

お店の人が話してくれた
「うちのお客さんの御嬢さん 岩手で被害にあって亡くなったの、おなかには赤ちゃんがいてね。この間、見つかったらしいです。」


その話を聞いて
そのお店の人に初めて 私の経験を話した
出会って8年近くたっていた


そして、もし困ったことがあったら
私にできることであれば いつでもさせていただきますと
伝えた


それから、トリミングに行くたびに
様子が気になって聞いてみるけれど

詳しい様子はわからないままだった



去年の夏
被災地を取材した方の本を読んだ


そこに、西宮からお嫁に行った方が
被害に遭われたということが書いてあった


状況は、私がペットショップで聞いた話と似ている


でも、確かめることもできないまま
半年が過ぎた


去年の秋
その本を書かれた方とお話をする機会があった

その方のことを聞いてみた


取材をしたのは、もう一人の方なので聞いてみますとのこと


今年の1月17日
神戸の追悼のつどい会場に
本を書かれたお二人が来られていて
会いに来てくださった


そして、その方の話になった


相手の方に私のことを伝えてくださったみたいで

奥様が 私と会ってみたいと言ってくださったそう
ただ、今は、そこまで余裕がなく
「いつか」ということだった


家から 車で5分ほどのところに住んでいらっしゃるその方


私のほうから、声をかけるのは 違うと思う


その方が、私と話してみたいなと思ってくださった時には
いつでも 言ってください 5年後 10年ごでも いいですので
と 伝えた



その著者の方に出会わせてくださった方との出会い

そして、それが色んなところでつながっていった


神様とかを信じない私だけれど
何か不思議な力によってつながっているのかなって思った



来週
宮城に行きます


私になりに考えたおみやげを持って(^o^)
2013.02.23 Sat l 東日本大震災 想い l コメント (2) トラックバック (0) l top
あさっては、9年前に突然、天国に行ってしまった父の命日です


苦しいと言って 救急車を呼んで
自分の足で救急車に乗り込み

その直後に ひどく苦しみはじめ
病院についた時には、まだ意識があったのに
その5分後に母から電話がありました

心臓マッサージしているって…

突然の死で何も言えないままのお別れ




将君を病院に連れて行った時に
一緒に来てくれていて 将君の最後を一緒に看取ってくれた唯一の人


私が、悲しみ続けていること
ずっと、心配していた

前に向けずにいることに対しても
厳し言葉を言った


その言葉に傷つき 何度も泣いた

でも、私のことを心から心配してくれていたんだよね
私が泣いているのを 見たくなかったんだよね


父が亡くなった後
父の人生が 私にいろんなことを教えてくれたように

いつか私が死んでしまったあと
私の人生のすべてが 娘へのメッセージになるように
生きようと思うようになりました


それには、頑張ることだけじゃなく
悲しみもすべてさらけ出し
そこから歩き出す強さも 伝えたいです

その強さは、私が死んだあと
そこから歩き出すためのヒント(力)になればいいなって思います


命日の前の夜は 友達との飲み会です

父は、同級生との飲み会がすごく楽しかったようです
同窓会での父の写真

家族には見せなかった笑顔で写っています
それが 父の遺影になっています

父の命日を前に悲しんで泣いている私ではなく
人生を楽しんでいる私でいたいと思います
2013.02.22 Fri l 父母への想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
某 SNSの阪神大震災コミュニティ
動くのは、1.17前後だけだけど

毎年、当時の想いを 今の想いを
何人かの方が 書いています

ご家族やご親戚を亡くされた方もいました

当時、小学校低学年だった人も…
18年・・・

もう、大人になっているんだよね

18年経っても
あの時のことは、忘れていない

たとえ、普段 普通に過ごせるようになっても…


新聞やテレビの取材を受けている人は
ほんの一握りの人達


みんなそれぞれの想いを持って
1月17日を過ごしている


家族を失っていない方がほとんどなんだけど
阪神大震災への想いを知ることができる
自分も話してもいい場所・・・


なんか、ほっとできる場所でした
2013.02.22 Fri l 阪神大震災への想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
おととい、出かけた時
ご近所さん 二人に会った


一人の人が テレビ見たよ
って、声をかけてくれた

ご近所さんということは
子ども達のことも あの地震の時のことも
全部知っている


もう一人の人も
声をかけていいのか わからずにいたけれど
テレビ見たわよと 言ってくれた

毎年、1月17日に あの時のことを
思い出していた

どう声をかけていいか
声をかけてもいいのかさえもわからなくて
ずっと、何も言えないまま 今日まで来た

ずっと、頑張ってきたのね
そう言ってくれた


そのうちの一人
私も同じような経験をしたから
気持ちがわかるわ・・・

え?とびっくりする私に
ずっと昔のことだけどね・・・と


みんな
いろんなことを抱えて生きてきてるのね


ご近所さんと 将君の話ができてよかった

みんな、言葉にしないけれど
私たち家族のことは思ってくれていたのね


感謝~♪
2013.02.21 Thu l 友達への感謝 l コメント (0) トラックバック (0) l top
このブログのカテゴリ
適当に作ったので ブログを書いていて
これは、どのカテゴリ?って悩むことが多い

カテゴリ 作りすぎたのかな?

ブログに限らず 何でもそうなんだけど
私の悪いところ
整理しようと 細かく区切りすぎて
結局 何がどこにあるかわからない

たとえば 旅行に行くときのかばんの中…
わかりやすく 細かく分けたのに
何をどこに入れたのか覚えてなくて(^_^;)

必要な時に 結局すべて引っ張り出して 大慌て


ブログ、
一度整理しなきゃしなきゃと思いつつ
そのままになっています(^_^;)

先に作るんじゃなく
ブログ書いていて 当てはまるカテゴリがなければ
その時に作ればいいんだよね(^_^;)



ということで
近々 時間ができたら 整理してみよう
もっと 簡潔に・・・(^o^)
2013.02.21 Thu l 日常の想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
娘との会話 その1


む:ママ、もう立ち直った?
ま:ん~ 立ち直った?と聞かれたら 立ち直ったとは言えない
む:まだ、立ち直ってないの?
ま:立ち直ってないけれど 元気になったし 泣かなくなったかな?
む:確かに、最近泣いてないよね 昔よく泣いてたよね あの頃の自分を振り返ってどう思う?
ま:仕方なかったと思う
む:そうだよね、子供が死んで泣かないほうがヘンだよね
ま:でしょ?




娘との会話 その2


む:(テーブルの上に置いてあった「ゆうへ」の本を見て)『ゆうへ』読んでみようかな?
ま:うん、読んでみて!
む:(ペラペラと本をめくって)あ~ やっぱり無理!泣きそう・・・
ま:なんで?
む:だって、私が生まれるときの事書いてあったから・・・
ま:生まれる前のパパとママがであった時の事から書いてあるよ
む:ウソ・・・、やっぱり 絶対に無理だわ



たわいない会話ですが
記録に残しておきたかったので書いてみました
2013.02.20 Wed l 優ちゃんの想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
今週末、いつものメンバーとの飲み会~(^^)/
今回は、14人(@_@)

この間のNHKの取材の打ち上げ♪
って、ただの月例会です(笑)

すごく楽しみ

次回の3月の月例会には、新しい友達も参加


その次の週は、ジムの他のメンバーから
プチハイキングのお声がかかっているみたい


またその次の週は、お花見


そして、またまたその次の週は
ハーフマラソン参加


日ごろ、ジムで会っているのに
週末ごとにイベントって・・・・笑



すごく いっぱい元気がもらえる仲間です

それにしても みんな元気だわ(^_^;)
2013.02.20 Wed l 普通の日常 l コメント (0) トラックバック (0) l top
もうすぐ、3月11日

2年前の3月11日 地震があった時間大阪にいた
めまい?と思うような ぐるぐる回る感じの揺れ

誰かが、地震と叫んだ

娘の友達が、福島にいた
その友達から 大きな地震が来たとメールが入った

別々に買い物をしていた娘が走ってきた



家に帰ってテレビを見て ビックリした
娘が、動揺して 「すぐに東北に行く 何かする!」と言った
今にも家を出て行こうとする勢い

今、私たちが行っても どうすることもできない
邪魔になるだけ

状況を見て 今できることをしようと
どうにか説得することができた


大人になったら、大型車の免許を取って
トラックで支援物資持っていくんだ!と言うほど
何もできずにいることが辛かったみたい



2年前のあの時から ずっとずっと私にできることを考えてきた


将君を失った 自分の想いと重ねあわせながら・・・


阪神大震災とは違う災害


その災害で大切な人を失ったり 
まだ 会うことができずにいる人たちがたくさんいて

その人たちの想いをわかってあげることができなくて
だからこそ、自分の想いだけで 何かをすることで

傷ついた心をもっと 傷つけてしまう気がして
どうすることもできず

ただ、自分にできることを考えていろいろしてきた
募金をしたり 街頭に経って、募金集めをしたり
支援物資を集めてその整理をしたり
実際に東北に行き それを渡したり・・・

そこで 出会った人たちと連絡しあったり


東北に行った時に 被害の大きさを目の当たりにして
自分の力が あまりにも小さすぎて

何日か行くだけでは 何もできなくて
まだまだ、することがいっぱいあるのに
神戸に帰らないといけなくて・・・・


このまま、ずっとここにいて
色んなお手伝いをしたいと思った

遠く離れていて そこにたびたび足を運ぶことができない自分を
せめて。。。。

そして、16年前の あの日の自分を思い出して
ぐちゃぐちゃになって・・・・

カウンセリングを受けながら
自分にできることを考えてた


そして、考えたのが
自分の経験をブログに書くということ


まだまだ、人の経験を知りたいとは思わないかもしれない


でも、いつか いつか どうやって生きていったらいいんだろう?
今までに 同じような経験をした人は、どうやって生きてきたんだろう?
そう思えるようになった時に

たった一人の経験だけど こんな風に生きた人もいるんだって
知ってもらえたらいいなって思った

私が書いた経験のたった 一言でもいい
あ、一緒 って 思ってもらえて 「私だけじゃなかったんだ」
そう思って 安心してもらえたらいいなって

自分がそうだったように・・・・


それが、正しかったのか そうでなかったのかは
よくわからない

もしかしたら、読んで嫌な思いをしている人いるかもしれない
そんな思いが いつも頭の中にある





去年の3月11日

伊丹市の昆陽池公園で行われた
東日本大震災の追悼のつどいに参加しました

700_20120311koyaike.jpg


ここは、神戸の1.17のつどいとは別に
毎年、同じようにろうそくを立てて 阪神大震災で亡くなった人のために
追悼のつどいを行っている場所です


関西でもその時間を祈るために
たくさんの人がお手伝いに来ました そして祈りました


私も祈りました
まだ、ママに会えていない子どもが ママに会えますように・・・・って





そして、もうすぐ2回目の3月11日がやってきます


その日は、被災したいろんな場所で 追悼の行事が行われると思います

被災した場所だけでなく 全国であの日に思いを寄せる人が
たくさんいると思います


私も娘と できるだけ近くで祈りたいと思います




宮城県名取市閖上
http://www.yuriage.jp/tsudoi/tsuitou2013.html

http://blog.e-stageone.org/?eid=867512
2013.02.19 Tue l 東日本大震災 想い l コメント (2) トラックバック (0) l top
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