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どんな形であれ、理由であれ、私が一生懸命に生きてきた18年間を
否定されることは、つらいです、苦しいです。

テレビや新聞 サイトやブログなどだけで
私たち家族の18年間をすべてわかってもらえるとは思っていません。

それらを見て批判や否定的な意見があるのも承知しています。

そして、自分たちの色んな事 どうしていいのか分からないなりにも
ちゃんとわかっています。気が付いています。考えています。
そうやって、18年間を生きてきました。


今日、家族でご飯を食べに行って色々話しました。

テレビや新聞 サイト ブログを見てくださった方たち
きっと、たくさん言いたいことがあるでしょう?
許せないこともあるでしょう?

それぞれの感じ方 考え方があると思います

でも、私たち家族が 今まで いろんな思いの中 生きてきて考えてきたこと
そして、今、前を向いて生きようと思えるようになるまでの苦しみ悲しみ頑張り、
その中で歩いてきた今を周りに惑わされずに大切にしていこうと話しました。


主人も娘もそう言ってくれました。

私たち家族の今までも そして、これから続く人生も
私たち家族が、受け止めていかなくてはいけないことだから
真剣に考えています、いい加減に考えて生きていません。

娘も大人になっていく中で 今まで以上に色んな事を感じると思います。
私は、娘のその言葉は、大切にしたいと思っています。

その都度、家族で話をしながら 色んな事を乗り越えていこうと思っています。
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2013.03.31 Sun l 友達への感謝 l コメント (0) トラックバック (0) l top
昨日は、知り合いのお通夜でした。
そして、今日は、お葬式・・・・。

たくさんの想いが 頭の中でぐるぐる回っています。


それでも、前を向いて 歩くことをその方は、
のぞんでくれていると信じて

悲しいけれど、今、頑張っている色んな事に
しっかりと目を向けてがんばりたいなって思っていました。



書きたいことはいっぱいあります。
でも、色んな事が、頭の中でぐちゃぐちゃになっていて
整理できずにいて、言葉にできないでいます。
2013.03.30 Sat l 震災・ボランティア l コメント (0) トラックバック (0) l top
この18年間 いろんな想いで生きてきました。

将君のことを想い 頑張ってきたこと

その想い方も 頑張り方も まったくわからない中で
その時その時にできることをしてきました


それが、娘にとって良かったのか それとも 良くなかったのか
私にとって良かったことが 娘にとって良かったこととは限らない

20歳になる娘は、少しずつ自分の想いを表現し始めています


18年が経ちますが 私の中で答えは出ていません
これからどうしていけばいいのかも。。。。
2013.03.29 Fri l 優ちゃんへの想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
震災から6年経ったころ
ホームページを通じて 阪神大震災で妹さんを亡くされた方と出会いました

彼女の妹さんへの想いをホームページに掲載させていただきました


きょうだいを失った人たちの想い
人それぞれですが、こんな風に感じている人もいるということ
知ってほしいなって思います


愛ちゃんのこと 2001年
2013.03.28 Thu l きょうだいを失った想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
過去の自分の思いやメールを読んでいると
あの頃の自分の思いが 表面化してくる

今では、知らない人が見たら
子供を亡くしたということが まったくわからない
そんな生活をしている私だけど

でも、そんな日常の中でも
こうやって 震災のこと 将君のことを書いたりしていないと
いろんな思いで いっぱいになってしんどくなっちゃう

日々のいろんなこと 楽しめるようになったけれど
私の中で 将君へのいろんな思いは
ドレッシングみたいで(なんちゅう表現??笑 いま思いついただけ)

日常の生活と将君を思う生活は
普段は、2層に分かれているけれど
ちょっとしたきっかけで 入り混じっていく


沈殿しているという表現は 違うんだけど
分かれて存在している将君への思いは、理科的にいうと
時間とともに薄れてきているわけじゃなく
濃度が濃くなって静かに存在している

時間とともに自分の中にくっきりと2層化できるようになってきた

でもね、ときどき 自分で それをシェイクしたくなる



昔の自分の思いをみることで
自分自身で悲しみの中に埋もれる時間を作っているのかもね

だって、わざわざ 昔の思いを詠む必要なんてないもの


でも、その「昔の自分」の思いを読んでいるのは 「今の自分」
あの頃の思いのままではなく、今の思いで
その時の「昔の自分」の思いを読んでる。

悲しんでいる自分が愛しいと思う私って へんかな?


きっとね、元気になった自分を一番責めているのは
私自身・・・・


あんなに元気にならない なってはいけないって思っていた私だったから
今の元気な私を一番受け入れていないんだなって思う

それでも それでも
元気に生きると 決めたから
そんな風にして 生きて将君に会うんだって 決めたから


だから、私は、いくらしんどくなって
生きるのが疲れても また、歩き出そうと思うのかもしれない


昔の自分の思いを読み返し
そこから歩きだしてきた自分の思いを振り返って

今のこのしんどい気持から 抜け出そうとしているのかもね

でも、その作業って 思っている以上にしんどい
向き合うのにはしんどすぎる作業だとわかってる



まだまだ、書けない思い
いつか書けるといいなって思う


いやいや 書けるけれど
人に見せる内容じゃない気がするから
ブログには書かないだけ かな???


自分自身と向き合うための作業の必要さを
わかってくださる方がいたこと 感謝です


今週は、なんだかんだと 忙しい週になりそうです

日常を送る私と悲しみに浸る私が 別々だったらいいのにな
今の私は、その両方が必要な気がしてます
2013.03.25 Mon l 心のケア l コメント (0) トラックバック (0) l top
昔の自分の想いを読んでいると
胸がきゅんとなるものがある

特に 色々とあった友達とのメールを読んでいると
苦しくなっちゃう

でも、その友達は、私の中で沢山の想いを伝えた子で
伝えてしまったから その子は、離れていってしまったんだけど

何でもかんでも 伝えすぎたんだと思う。

その時から、私は、人との間に 距離を置くようになった。
傷つきたくないから。。。。


その友達に送ったメールに
私の想いが いっぱい書いてある。

読みたいけれど 読むと
その友達との色んな事を思い出して 辛くなってしまう

でも、色んな想い整理しなきゃ
その為に 頑張らなきゃ

整理したら もう少し心が軽くなると思うから


あ〜 今日は、もう寝ようっと。
2013.03.23 Sat l 辛かった言葉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
震災のとき 私は、山口県に住んでいた。
たまたま、実家にいて 阪神大震災に遭い 息子を失った

その後、山口に戻って 震災の「し」の字もない
生活をしていた

周りで自分だけが被災している
誰とも震災の話ができないそんなストレスの中で
息子を失った悲しみと向き合っていた

『死』の意味もわからない 1歳半だった娘に 
どうやって将君の事を話そう
阪神大震災の事をどう伝えよう

そんな事を思って 本屋さんで それらを伝えられる
絵本などを探してまわった


その後、きょうだいを失った子供達の心が気になり始めたのは
娘が、小学校に行き始めた頃

娘が、「死」を何となく理解し始めた頃だった。

ネットで、同じように子供をなくされたお母さんと話すなかで
きょうだいをなくした子供のために何かが出来たら良いねって
話した

子供達と一緒に ランチに言った。

買い物では、それぞれの子供達が
亡くなったきょうだいのためのプレゼントを買っていた

普通の友だちと一緒だったら
「どうして 死んじゃったこの分も買うの?」って
聞かれたかもしれない

でも、子供達は、そんな事も気にせずに
普通に 亡くなったきょうだいのために買い物をしていた。

亡くなったきょだいのことを 何か話す訳じゃない
でも、この人も自分と同じようにきょうだいが亡くなっている

それだけで 十分だったのかもしれないねと
ママ達と話していた。

その後、震災でお子さんを亡くした人と出会った
その人には、娘と同じ歳のお子さんがいた

その人と、よく話していた
この子達が、成長する中で 亡くなったきょうだいのこと
ママの亡くなった子供への想いなどで 悩んだとき
お互いに 相談できる関係になればいいねって。

二人とも まだ、そんな話をしている様子はない

でも、毎年1月17日には、二人で
追悼のつどいで お手伝いをしている

1年に一度だけ その日に会う二人。

これから先、どうつながっていくんだろうね


今は、何も話していないけれど
きょうだいを亡くしたのは自分だけじゃないと思っているはず。


ただ、気をつけようと思うのは
きょうだいを思う気持ちもそれぞれ

○○ちゃんが こんな事をしたから
こんな想いだから あなたもと 押し付けない事
2013.03.22 Fri l 優ちゃんへの想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
神戸では、今日、桜の開花宣言が発表されました。

今日は、久しぶりに寒いと言われていますが
日差しは、お花見シーズンを感じさせられるぐらい
暖かさを感じます


昨日は、娘は、バイト先の送別会
私と主人は、ワンちゃんも一緒に行ける
レストラン&バーに ワンちゃんと一緒に行ってきました。

そこで出会ったワンちゃん連れのファミリーと
たくさんお話をしました。

暖かくなったら 屋上で ワンちゃん okのビアパーティがあるそうで
今からとても楽しみです。

ワンちゃん好きのお友達もさそってみようっと♪



桜が咲き始めると 私の活動時期に突入

毎年、秋口からなんとなく気分は「震災モード」に入り
何となく落ち着かない時間を過ごす時期です。

4月の声を聞く頃から
私の気持ちは、色んな事始めたくなっちゃいます。


今年は、子供達が 20歳になる 記念すべき一年。
来年は、成人式も控えていて
子供達の為に出来る事を頑張ろうって思っています。

色んな人に相談し
先が少しずつ見えてきました。

実現するのは、そう簡単な事じゃないけれど
でも、20歳という記念すべき歳の為に
頑張ろうって心に決めました。

友達とも楽しい事したいし
したい事たくさんあって 時間が足りない!
って 思う程 忙しくなりそうです。

GWには、成人式の写真の前撮りをする事にしました。
もちろん、将君の写真も一緒です♪

将君のお骨カバーも 久しぶりに新調したいなって
思っています。

再来年は、震災から 20年という区切りの年ですが
我が家にとっての区切りの年は、震災20年ではなく
震災19年の子供達の20歳の年なんですよね〜

この間のテレビ、
プロデューサーさんは、その事もわかってくださっていて
20歳にむけての記念になる番組をと 作ってくださいました。

感謝です♪

この18年間 将君の事を思って
色んなことをして たくさんの方に出会ってきました。

将君が 生きていれば出会う事のなかった人たち

辛い出会いですが 将君がつなげてくれた出会いだと思って
大切にしたいなって思います。

今、
とても ドキドキ ワクワク な 気持ちでいっぱいです。
2013.03.21 Thu l 成人式 l コメント (0) トラックバック (0) l top
前にも書いたかな?

カラオケで Kiroroの「未来へ」を歌って来た娘が言った。


『最近、歳かな〜?涙もろいわ。未来へを歌った時 涙が止まらなかった。
あの歌詞を聞いて思った。ママ 今までごめんね(反抗期の時の事だと思う)』



その言葉を聞いて 成長したんだなって
感動したよ♪
2013.03.20 Wed l 優ちゃんへの想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
あんなに 悲しくて 苦しくて 自分を責めて 生きていたのに。

その想いを ずっとずっと持ち続けて生きると思っていたのに。


私は、一生 将君を守れなかったという後悔と
自分が生き残ってしまったという自責の想いの中だけで
生きていくと思っていたのに。

あんなに 元気なんかにならない なっちゃいけないと
思っていたのに。

今でも、その想いは、消えていないけれど
今の私は、あの頃の私とはちがう。
認めたくないけれど ちがう・・・。




そんな風に なっていく自分を認められなくて
苦しんでいた時期もあった。


でも、今の私は、そんな風に生きていることを
認めることが出来るようになった。

そう思えるようになるまで
苦しみながら 色々考えて 色んなことをして来た

最初は、みんな 将君の話を聞いてくれたりしてくれたけれど
時間とともに それが言えなくなってしまった。

それは、相手の問題ではなく 私自身の気持ちの問題だった。
私が、話せば きっと私の想いを否定せずに聞いてくれたと思う。

でも、私は、普段は、明るく接しているみんなの前で
将君の話ができなかった。

普段、そばにいてくれた友達に 自分の将君への想いを言葉で言えず
同じような経験をして ずっと 色んな想いを話して来た友達にも
話ができなくなっていった。

同じときに同じような悲しみを持っていたはずだったのに
そこから歩くスピードは、それぞれで

それを受け入れられなかったという訳ではなく

頑張って 前を向いている 向こうと頑張っている友達に
私のこの苦しくて 辛い想いを伝えては、悪いかなって 思ったりしたから。


同じ経験をしているからこそ 言えなかったりした。


苦しくなって どうしようもなくなって
私は、カウンセリングを受けにいった。

そこで、誰にも言えない想いを聞いてもらった。
話したからといって 悲しみや苦しみが消えてなくなる訳ではなかった

理解してもらえないと思ったこともあったけれど
その時の私には、誰にも言うことが出来ない想いを
聞いてもらう場所が必要だった。

将君を失った悲しみを楽にしいてほしいと
思って行っていたわけじゃなかった

話して すっきりして帰って来ていた。


そんな ぐちゃぐちゃになっていた私の生活の中で
私を変えた出来事がいくつかあった

その中の 友達の出会いと 父の死と 同窓会について
書き残しておこうと思う



〜ある友達との出会い〜

その友達は、「将君を思う方法は、悲しむことだけじゃない」
そのことを教えてくれた。

その子は、とても 荒療治の方法で 私を悲しみの中から
引っ張りだそうとしてくれていた。

震災から 7年が経った頃のこと。

そのときに思った。
この友達との出会いが、震災から3年目とか4年目だったら
きっと私は、この人と 絶対に友達になっていないと。


きっと、その子の言葉に ずたずたになって傷ついて
引きこもっていたかもしれないと思いながら 付き合っていた。


その子に教えてもらった
思う気持ちは、悲しむことだけじゃない

それは、今の私の生き方の原点の一つになっている。



〜父の死〜

震災から9年経った2003年 突然、父が亡くなった。
苦しいと言って救急車で運ばれてそのままだった。

悲しみの中で見えて来たのは、
父の生き方や考え方 そして、父を思って泣いてくれた
父の友達の想い


今は、いない父なのに
それらが 父がいなくなって悲しんでいる私を支えてくれた

私も 
私が、死んでしまったあと 私の生き方や考え方が
私を失って悲しむ娘の支えになったらと思った

その為にしっかりと生きていこうと。

悲しい経験をしても 周りの人や亡くなった人を思う気持ちが
再び笑うことが出来ることを
私の人生のすべてをかけて 伝えたいと思った

今、私は、
私の人生全てが 娘へのメッセージだと 思って生きている。



〜同窓会〜

震災から10年目に 行われた高校の同窓会。

その同窓会をすると決まったとき
みんなに 会うのがこわかった。

子供を亡くした私が、同窓会という楽しい場所で
存在できるのかと 不安だった。


私は、そこで笑うことが出来るのだろうか?
子供を亡くした私をみんなは、どういう目で見るのだろうか?

私は、どんな顔をして そこに存在していれば良いのか?

子供を亡くしたことを みんなに言いたいけれど
楽しい会で そんな暗い話をしていいのだろうか?と。


一緒に同窓会を企画した友達は、そんな私を受け入れてくれた。

何十年かぶりに連絡をした友達は、
震災で子供を亡くしたという話は聞いていたけれど
連絡先がわからず また、どう声をかけていいかわからず
何も出来ないままで 過ごしてくたことを話してくれた

あんなに高校時代仲良かったのに
将君のことを知っていても 何も出来ずに
いた自分が、情けないと 泣きながら言ってくれたりもした。


そして、同窓会の打ち合わせで 何人かの友達と
何十年かぶりに再会した。

その瞬間に みんなは、高校生に戻っていた
何十年という時間の壁は、会った瞬間に取り除かれた。

そして、私も 例外ではなかった。


あんなに色々心配していたのに
みんなと会っている間は、そんなこと忘れていた



震災から 10年

同級生に会い 私は、将君を失う前の人生があった事に
初めて気がついた。

その時まで、私は、阪神大震災で子供を亡くした人生以前の記憶は
何の価値もなく 私の人生には、必要の無いものとして 消し去っていた。


その後、たくさんの友達と再会し 将君のことも伝えることが出来て
たくさんの人が こんな私を認めてくれた

たくさんの想い出の中で 楽しい時間を過ごすことが出来た。

私にも 子供を失っていない時間があったんだと
気がついた 大切な大切な同級生との再会


その後、私は、将君のためでもなく 優ちゃんのためでもなく
自分自身の為に 楽しいことをしていきたいと素直に思えるようになった


今は、震災のことに関わりながら 将君への想いを綴りながら
楽しい時間を過ごしている私。

将君を思う気持ち 悲しみや苦しみが、消えた訳じゃない
自分の中で オンとオフのスイッチを上手に使い分けて過ごしている。

これは、18年かけて 社会の中で生きる為に
身につけることが出来た「巧みの技」だと思っている(笑)


「18年前に子供を亡くした」
知らない人が聞いたら 『18年も前の昔の話』

話さなければ そんな経験をしていないと思うような
日常を送っている私。

人から見ると 18年は、『ひと昔』も『ふた昔』も前のことだ
と感じるんだろうなって思う。

私に取っては、つい最近のことなのに・・・。


そんなことも いちいち 悲しいとか嫌だとか
思わなくなった。

私に取って、大切なのは 気になるのは
自分がどう生きるか どうすれば
自分の生き方が、自分がいなくなったときに
優ちゃんにとって 支えになるのかだけ。

将君に向かって歩いている私の横には
いつも娘が一緒にいてくれている


誰にも言えない想いを 娘に話している
もうすぐ20歳になる娘は、そんなママの想いを
まだ、言っているのかと あきれながら 聞いてくれている


思い出せば
将君を失った直後から 娘は、いつもそばにいてくれた

泣いている私に 幼い娘が 私の涙を拭きながら 頭をよしよししてくれながら
言ってくれた
「ママ、大丈夫だよ 将君はそばにいるから」と。


迷いながら  苦しみながら 生きて来た 18年。
人から見ると 腹が経つこともあっただろうと思うし
いつまでも 前を向けすにいたこと 心配かけていたかもしれない

でも、今の自分の想いや生活を 私は、満足している。
頑張って生きて来たと自分で思う。


そう思えるということは 私に取って 私のこの18年間の色んなことは
間違いではなかったんだろうなって思う

寄り道もいっぱいしたし 少し歩いては
わあ 振り出しに戻っているし。。。(涙)と思ったことも
何度もあった

でもでも、それでよかったんだと思う。

これから先も こんな感じで 悩んだり苦しんだりして
生きていくんだろうなって思うけど

私が人生を終えるときに これでよかったんだよと
思えたらいいなって 思う


でも、一つだけ 書いておきたいのは
同じように子供を亡くした友達と言っているのは

もしも、もしも 娘達の命が 私よりも先になくなってしまったら
もう、頑張れない。

あの想いをもう一度しなくてはいけないかと思うと
頑張るだけの気力は もうないよね

そう思う程、たくさん頑張って来たよねと。


思ったことを 何も考えずに ただただ綴ってみました。
内容も とびとびで 表現もぐちゃぐちゃ(涙)


5年後 10年後 私は、このブログを読み返す時があるかもしれない


その時の、私は 今の私をどう思うんだろうなって思う

きっとね
「私、頑張って来たやん」って 自分で自分をヨシヨシしてる気がする。


今の私が、あの頃の私をヨシヨシしてあげたいと思うように。
2013.03.20 Wed l 生きるために l コメント (2) トラックバック (0) l top
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