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昔の想いを読むのは しんどい。。。


息子を失った悲しみだけでなく、娘の言葉も書かれていて
それを読むと あのときには、理解できなかった娘の想いが
苦しいほど伝わってくる。

ごめんね。。。。自分のことで精一杯だった・・・

理解してあげれなくて。。。。
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2013.05.30 Thu l 優ちゃんの想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
絵本の原稿を書くために
昔の日記を読み返しています

私が、記憶に残っていることと
日記の内容が、違っていたりします

あのころは、ブログなどがなかったので
今みたいに 日常のいろんなことを書きとめることは
ほとんどしていなかったので
記録が ほとんど残っていないのが ちょっと残念です


ママの日記
http://www.ne.jp/asahi/sho/yu/mamapapa/diary_mama.htm



絵本に残しておきたかった思いや出来事は
日記に正確なことが書かれているので
それを読み返してみようっと。

途中から ブログに書き始めたので
そこから ピックアップするのかな?

+++++++++++++++++++++++++++++++
2013.05.30 Thu l 絵本作り l コメント (0) トラックバック (0) l top
昨日、六甲山に登ってきました。

その山のふもとに住み、小さいころから、毎日見てきた六甲山。

車では何度も登ったことがあり
いつも、リュックを背負った登山されてきた方たちの姿を見て
私は、一生 六甲山登山は、縁のない人間だと思っていました。


そんな私が、昨日、初めての六甲山登山をしてきたのです。

まさか、私が?六甲山に登るの?
当日の朝、いえいえ、登っている最中も
そんな風に思って登っていました。

エベレストを80歳で登ったという三浦さんのニュースは
弱気になっている私に力を与えてくれました。


一緒に登ったのは、私にいつも元気を与えてくれているジム仲間。

一人を除いて 六甲山登山初心者&初登山の人ばかり。

思っていた以上に しんどくて
途中で何度も これ以上登れないと泣きそうになりました。


引き返すにも 引き返したら
今登ってきた 岩場を降りなくてはいけない

あの岩場を降りすることを考えると
これから先の山道を登るほうがいいと思い
ひたすらひたすら 前に進むしかない状況。

足が、前に進まない
足が、上がらない

自分の人生と重ねながら
この苦しい道を一歩一歩歩いてきました。


脳梗塞の後遺症を持ったおじいちゃんが
杖を突きながら歩いている姿

私よりはるかに年配の方たちの姿

それを見て頑張らなきゃって思っていました


そんな私に小さな力を与えてくれたのは
登山を始める時に集合した場所で見た

「もんしろちょう」

都会の真ん中の駅すぐ前の広場で見つけました。


私の前をひらひらと舞っていました。

『あ、将君も一緒だ』って思ってうれしくなりました。


人から見ると ただの偶然というか
どこにでもいるでしょ?って笑われちゃいそうですが


でも、私にとっては、超を見た瞬間
ぽっと 気持ちが温かくなるんです。


折れそうな気持ちをみんなが引っ張って行ってくれて
ようやく 山頂についたとき 空に見えたのは
今にも消えそうな 薄いまっすぐな虹・・・・。

私たちの登頂を待っていてくれたかのように
山頂についてすぐに消えてしまいました。


山頂で食べたお弁当とワイン
みんなで持ち寄ったお菓子などなど

すごくおいしかったです。


子供を失って 18年と4か月。

その時々に一生懸命に生きてきました。
辛くて悲しくて 苦しんでいた時期もずいぶん長くありました。

元気になっては、また、落ち込んで
そして、頑張っては、また ひきこもって


そんなことを何度も何度も何度も・・・繰り返して
今が、あります。


今日、テレビ『アゲるテレビ 』でカンヌ映画祭の審査員をされていた河瀬直美さんが
電話インタビューでおっしゃっていました・



「河瀬監督ご自身もやはり、これまでカンヌの賞を受賞された経験もありますけど日本映画の今の世界的な評価ってどんなふうに思われますか?」

『私もそうですし是枝さんもそうですし尾野真千子もそうだと思うんですけれども私たちは、今、賞をとってすごく華やかな感じで報道されたりしてますけどもこつこつと一歩一歩進んできた道の先がここにあるということであってそのことを忘れずにやっていれば必ず世界とつながりあえるということの証しだと思うんですね。
ですから、これは自分たちの喜びもであると同時にこれからの日本の映画表現をする人たちにとっての支えでもあると思うんですね。
いきなり、ここにいけるわけではなくてやっぱり一歩一歩進んでいく先がここにある。
だから、私たちは、本当に頑張ってきた、頑張っているそんな感じがしますしそれぞれの国それぞれの人たちがそういうふうにして表現で語り合うということなんじゃないかなと。』


このコメントを勝手に自分に当てはめて
しみじみと聞き入ってしまいました。

みんなと過ごした楽しい時間
今の私の楽しい生活は、自分が頑張ってきた
一つ一つ コツコツと積み上げて生きてきた『証』しであるということ

もう笑うことは一生ないだろうなと思っていた私
楽しく生きちゃいけないと自分に言い聞かせていたあの頃

18年と4か月の時間をかけて
しずくが、岩を削るようなそんな小さい小さいでも、大きいたくさんの力が
私を変えてくれたのかもしれない


もんしろちょうとの出会いも
その力の一つなんだよね



苦しい時間を支えてくれたのは
短い人生で終えなければいけなかった将君を思う気持ち

そして、前に進ませてくれたのは、二人の笑顔




1000メートルもない六甲山登山で
いろんなことを感じた私でした。
2013.05.27 Mon l 未分類 l コメント (2) トラックバック (0) l top
将君を失って 悲しみの中で娘を育っていたあの時


かわいいはずの子供 うれしいはずの子育て
楽しみのはずの 子供の成長・・・・。

そんな、母として当たり前の気持ちを
将君を失った私は、失っていました。

この悲しみを持ちながら 
私はどうやって子育てをしたらいいんだろう?

将君の「死」を 「死」という言葉の意味さえ分からない娘に
どうやって 伝えていったらいいんだろう?

将君と過ごした時間を忘れてほしくない
この子は、将君の死をどう受け入れて育っていくんだろう?

わからないことばかりでした。

そのヒントがほしくて
小さい子供と一緒に読める きょうだいを失った子供たちのための
絵本を探しました。

当時、「ネット」が、普及していない時代
今のように家にいて検索して…が、できない時代でした。

田舎の本屋さんを回り 求める絵本を探しました。

見つけた「死」を描いた絵本は、
動物の死だったり おじいちゃん、おばあちゃんの死
それも、それを動物に例えたものばかりでした。

きょうだいを失った悲しみが
今ほど、注目視されていない時代だったのかもしれません
(今も、まだ注目されていないけれど 大切なことだと思っています)

いつか、娘のために 将君のことを描いた絵本が作れたらいいなって思っていました。

そして、それが その時の自分が求めていたように
必要とする同じ経験をした人の手に渡ったらいいなって。


絵本への想い


あれから 18年が、立ちました。
子供たちは、今年 二十歳になります。

娘の振袖を用意するように
息子のために 二十歳のプレゼントとして
絵本を作ってあげれたらいいなって思っていまいた。


東日本大震災・・・・

たくさんの人が大切な人と会えなくなりました。
自分に何ができるんだろう 自分にできることをと始めた
ブログを通じて ある一人の方と出会いました。


そして、お話をする中で 一緒に絵本を作れたらいいねということになりました。


その出会いが、私の絵本作りの夢を一歩進めるきっかけになりました。


絵本作りのために いろんな方に相談させていただきました

そして、イラストを描いてくださる方を探すことが
絵本作りのためには、一番大切だということになりました。



ネットでいろいろ調べました。
ふと、2年前、東日本大震災が起こった時に
当時お手伝いしていた活動を通じて
繋がったイラストレーターの方のことを思い出しました。

その方と私は、直接的にはつながっていなくて
一緒に活動していた方が、連絡を取られていたのです。

私のことを知ってくださっているのか
知ってくださっていたとしても 覚えてくださっているのかも分からず

メールをしても お返事が来ないかもしれないと思いましたが
会ったこともない、その方に、あつかましく、
イラストを描いてほしいとお願いの連絡をしました。
自分の想いを書いて・・・・。


そして、お返事がきました。

「ぜひに。」というお返事でした。


その方には、双子の妹さんもおられて
その方も、イラストを描かれていました。


お二人が、私たちの想いを受け入れてくださって
イラストを描いてくださることが決まりました。


18年間、持ち続けていた 私の想い。
やっと やっと 形になることが決まりました。


18年間 いろんなことがありました。
頑張ってきたときも 頑張れなかったことも
いっぱい いっぱい…。


18年前には、なかったいろんな想いも生まれました。


そんな、今の想いを絵本にできたらいいなって思います。


おととい、そのイラストレーターの方が住む
福井に行って、お二人にお会いしてきました。


お二人は、とてもとても素敵な感性を持っておられて
お話をしている中で 私や一緒に絵本を作ろうとしている友達のことを
そのまま、受け止めようとしてくださっているのが感じられました。


たくさんの偶然でつながった ご縁。


私たちの想いを 受け止めてくださるだろうという安心感を感じられる
お二人との出会い 本当にうれしく 感謝しています。



絵本を一緒に作ってくださるイラストレーターお二人のサイトです。


ひらた ゆうこさんのサイト

ひらた ひさこさんのサイト
2013.05.24 Fri l 絵本作り l コメント (7) トラックバック (0) l top
今、ごみを捨てに行こうと外に出たら
門から 「もんしろちょう」が、入ってきた。

私にとってのちょうちょは、特別な存在。

そうなったのは、いつからなのかは
はっきりしたことは、記憶に残っていないけれど


将君を失って 悲しくて外にも出れなくて
誰にも会いたくなかった時期

主人が、私のためと娘のために
外に連れ出してくれた時があった

私は、そんな主人の気持ちもわかる余裕もなくて

将君が死んでしまったのに
楽しいことをしたくないと思っていた


ある日、お庭でバーベキューをしているときに
ちょうちょが、飛んできた。

ふと、将君が、今、ちょうちょに姿を変えて
一緒に楽しみに来てくれたのかな?って思った

将君が、ちょうちょになったというのではなく
今だけ、ちょうちょに姿を変えて
そばに来てくれた そんな感じがした。

なんで、そう思ったかは、自分でもわからない
でも、私たちの周りを飛んでいたちょうちょを見て
そんな気がした・・・・


それから、外に出て ちょうちょが 飛んでいるのを見るたびに
将君も一緒なんだって 思えて

外出していることに 楽しいことをしているときに
罪悪感を感じることが 少なくなった。


つらい気持ち、悲しい気持ちで 何かを頑張ろうとしているときにも
なぜか、ちょうちょが 飛んできて 私の気持ちを温かくしてくれた


それが、春先だったり 真夏だったり 秋だったり 真冬だったり…

ちょうちょって、春にしかいない生き物だと思っていたので
真夏や秋 冬に見かけると ぜったいに将君だ~とうれしくなっていた。

9年前に 父が亡くなった。
その年のお盆に父のお墓を作った。

お墓の開眼供養のお経を読んでもらっているときに
そのお墓の真上にちょうちょが 飛んできた。

お墓の上でぐるぐる回って 飛んで行った。


あ、将君が 来てくれたって思った。
一人ぼっちで天国に行った将君

父が亡くなった時に 父を失った悲しみは大きかったけれど
将君が一人ぼっちじゃなくなった と ちょっとほっとした。
(パパごめんね)

あの時、父のお墓の上を飛んできたちょうちょは
「僕は、おじいちゃんと一緒だよ」って
メッセージを伝えに来てくれたのかな?って 思ったりする。


そんな、私にとって たいせつなちょうちょとの出会い。



将君を失った直後から
作りたいと思っていた絵本。

18年近く いつかいつか 絵本を作りたいと思っていた夢が
今、現実になろうとしている。

昨日、イラストを描いてくださることになった
双子の姉妹の方に 会いに行ってきました。

そして、たくさんお話をして
夢につながる階段をのぼり始めることができました。


今日は、午前中 ジムに行く予定だったけれど
その夢に向かう今のこの思いをじっくりと温めたくて
午前中は、家でのんびり過ごすことにしました。

そして、ごみ捨てに出た時に
ちょうちょに会いました。


久しぶりに見た もんしろちょう。

門の隙間から入ってきて
玄関の前を通って お庭の方へ・・・・。



太陽の光が、白いちょうちょに
スポットライトをあてているかのように

緑の芝生の上を真っ白いちょうちょが
楽しそうにダンスを踊っている様子が
とても とても、きれいでみとれてしまった。




その様子に癒され 温かい気持ちになって
家に入らず、しばらく玄関のところでその様子を見ていました。

その時の気持ち、本当に本当に温かくて
絵本のことを喜んでくれて 会いに来てくれたのかなって思いました


しばらくして
隣の家との間のほうに飛んで行って 姿が見えなくなりました。

そろそろ 家に入って 家事をしなさいって
言っているように。。。。笑


久しぶりに 本当に温かい気持ちになりました。



昨日、イラストを描いてくださる方と
ちょうちょの話をしたばかり・・・。

やっぱり、絵本には、ちょうちょを描いてもらおう。

ちょうちょ=将君ではないけれど

18年間、私の心を温かく癒してくれた
大切な大切な出会いだから


絵本については、また、改めて
紹介させていただきます。


私と私の大切な友達と一緒に作る絵本。
その絵本が、たくさんの素敵なつながりを作っていきますように。
2013.05.23 Thu l 将君への想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
この間 成人式の写真の前撮りに行った

将君の写真も一緒に撮ってもらった
娘が一人でとっているときに お店の人が将君の写真の裏に書いてある
いろんな人のサインに気が付いた♪


①ディズニーランドのミッキーのサイン
②USJのサンタクロースのサイン
③NHKの朝の連ドラ「わかば」(阪神大震災でお父さんを亡くした女の子の話)の
ヒロインだった原田夏希さんのサイン

すごいねぇ~って 言ってくれたのが
うれしかった・・・・

というか、亡くなった子供の写真をディズニーランドに持っていったり
いろんな人にサインを書いてもらったりしていることを
否定しないで 普通に受け入れてくれたのがうれしかったのかもしれないね


ミッキーなんて すごいんだよ
将君に チューまで してくれた

混んでいた時期なので ミッキーと写真を撮る部屋には
他の人たちもいっぱい並んでいて

将君の写真と一緒に写真を撮っていたのは、目立ってたけれど
ミッキーの大好きだった 将君のために
ママは、頑張って旅行に行けたんだよね

千葉に住んでいた時のお友達も
わざわざ、ディズニーランドまで来てくれて
一緒に回ってくれた

将君の写真に向かって よしよししてくれた。

ママは、たくさんの亡くなった将君を受け入れてくれた人たちの
優しさや思いやりに支えてもらって
その時その時を 生きてきたんだなって思う


話がずれちゃったけれど
今回の、成人式の写真も将君の写真と一緒に撮ることを
受け入れてくれた 家族や写真屋さんのおかげで

娘の成人式の写真を心から喜んで
撮ってあげれることができたと思う


幸せの隣には、いつも悲しみがあって


でも、娘のためには、幸せな行事を
幸せな気持ちで、迎えあげたいなって思っていて

そのためには、将君のためにも
私がしてあげたいと思ことをさせてもらうことができた

幸せの隣の悲しみを少しでも受け入れることができた
ミッキーはじめ、友達、写真屋さん 家族に感謝です
2013.05.20 Mon l 友達への感謝 l コメント (4) トラックバック (0) l top
今週は、色々予定が入って忙しい。

来週は、小旅行(*^^)vしてきます。
日帰りにするか 一泊するかは まだ未定。



来週の週末には、ジム仲間と
六甲山に登ってきます。

山頂を回って 有馬温泉に抜けるという
一般的なルートらしいけれど

岩場もあったりで 大変そうです。


でも、山頂でみんなでお弁当食べたり
一緒に温泉入ったりで
楽しみもいっぱいあるので 嬉しいです。


でも、持病の腰痛(一年前は、歩けないほどの痛み)、
途中で悪化したらどうしようと ドキドキです。
2013.05.14 Tue l 日常の想い l コメント (0) トラックバック (0) l top
明日は、母の日ですね。

母の日にカーネーションを贈ることになった始まりは
少女が、亡き母のためにカーネーションを贈ったことだそうです。


それが、1913年に日本に伝わってきたそうです。


将君を失ったあと 娘が幼稚園で母の日の
プレゼントを作って持って帰ってきました。

本当なら 将君の分と2個あるはずなのにと
涙しました。


送るお母さんがいなくなってしまった人
送ってくれる子どもがいなくなってしまった人


そのどちらの人も
「母の日」には、つらい想いをしているんだろうな。


幸せな時には、当たり前のように
色んな行事を受け入れてきたけれど

つらい経験をしてからは、その行事一つ一つが
悲しみを新たに作るものであることを知りました。


姿は見えないけれど
ずっとずっと そばにいてくれていると信じています。
2013.05.11 Sat l 辛かった言葉 l コメント (0) トラックバック (0) l top
昨日、成人式の写真の前写しをしてきました。

せっかくだからと 家族写真もいっぱい撮りました。


将君がいたら、どんな感じの写真を撮ったのかな?って
色々考えたりします。

それぞれにアルバムを作るのかな?
女の子の成人式のアルバムは、豪華なものが用意されているけれど
男の子は、ポーズも少なくて地味。。。

二人で撮ったりするのかなぁ~?


最後まで悩んでいたことがあります。

将君と私のツーショットの写真。
家族写真の時には、将君の写真を持って撮ってもらうことは
最初から話していましたが

将君の写真を持った私一人の写真を
撮りたいと 言うのが なんだか気が引けたりしたのもありました。


撮影が始まって、何枚か写真を追加しました。
パパと娘の写真
私と娘の写真
そして、私と将君の写真の写真

それを言えたのは、
写真屋さんが、将君の写真と一緒に撮る私の想いを
ちゃんと受け入れてくれたと感じることができたから。

その写真屋さんは、阪神大震災でも被害を受けた
地元の写真屋さんです。

二人のお宮参り 1歳のお誕生日と家族写真を撮ってもらった所。

金額は、高くなってしまったけれど
将君のための成人式の写真を撮ってあげることができて
心は、晴れ晴れしています。

ただ、この日に向けて 1年ぐらい前から
将君の写真と記念写真を撮ることができたらいいなって
一人考えていて

娘にそのことをどう伝えよう
娘が、いやだと言ったら どうしよう?

私は、将君の写真と一緒に撮れないことを納得できるのかな?
納得しなくちゃいけないのかな?

って。

娘に話したところ
なんとなく、え?一緒に撮るの?という空気が流れたけれど

「ママ、そうしたいなら いいんじゃない?」と言ってくれた。


娘の想いを深読みすると
本当は、いやだと思っていたかもしれないなって思う。


でも、小さいころから 何かの時には
将君の写真と一緒に 写真をとってきたので

ここで、いやだと言えないと思ったりしたのかもしれないし
あまり、深く考えていないかもしれないし

娘しかわからない思いだよね。


将君の写真と一緒に撮ることを受け入れてくれた
家族と写真屋さんに 感謝だね。


娘が言いました、

将君が生きていてくれたらいいのにって。



みんなが、いくらそう思って 生きていてほしいと願っても
やっぱり、将君は帰ってきてくれない


将君のいない 色んな行事を今までたくさん過ごしてきた。
そのたびに いてくれたらと悲しくなってきた。


私の生きている限り
何かがあるたびにそうやって これからも生きていくだろうな。


双子だから、入園式も 卒園式も 七五三も 入学式も 卒業式も
成人式も 一緒だったんだものね。


そのたびに 喜びと悲しみが 同居していた。



今日は、疲れがどっと出ています。


でも、18年間 心のどこかでいつも気にかけていた
成人式の写真を私の納得のいく形で撮ることができて
やり遂げた感で いっぱいです。
2013.05.08 Wed l 成人式 l コメント (2) トラックバック (0) l top
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