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2005年1月17日、震災から10年。
多くの震災記事を目にしました。

改めて家族を失ったたくさんの方たちのこの10年の思いを知りました。
その紙面やテレビから伝えられてくる何百倍何千倍の人達の悲しみや苦しみ・・・・。

それぞれの方達が、
表現することのできない複雑な思いを抱えて生きてこられたことでしょう

慰霊祭や各地で行われる震災関係のイベント、
また、新聞やテレビの報道などで、
よく耳にする『復興』という言葉が、私の心にチクチクと突き刺さります・・・・

あの日、私たちの子供は、短い短い人生を終えました。
もっともっと、色んな事を経験したかったことでしょう、
きょうだいや、友達ともたくさん遊びたかったことでしょう、
恋愛をして家庭を持ち、自分の子供を育てる幸せを感じたかったことでしょう。

それを経験させてやれなかったという親としての苦しみは、
言葉で言い表すことは出来ません。

どんなに街が復興し、震災前の街に戻ったとしても、
私たちの子供は、決して、帰ってくることはないのです。
抱きしめることは出来ないのです、
あの子の暖かさ、あの子の重み、あの子の笑顔を感じることは出来ないのです。

『復興』という言葉を聞くたびに、
あの子がいなくなった現実を再認識させられました。
生きていくために
心の引き出しに詰め込んで鍵をかけていたはずのたくさんの思いが、
私の心をじわりじわりと締め付けます。

震災から11年が過ぎようとしています。
時間が経つにつれ、あの子のことを話すことができなくなりました。

周りの友達とうまく付き合うには、
そのことを言葉にしないで生活すること・・・。
でも、亡くなったとしても私たちの子供であることには、変わりはありません。
元気でいる子供の話をするのと同じように、あの子のことを話したいのです。

いくら笑顔で過ごすことができるようになったとしても、
いくら素敵な出会いに感動できるようになったとしても
、あの時の悲しみは、今でも変わらない・・・
私のあの子との時間は、あの時に止まったまま・・・・。

私にとっての「復興」は、何年たってもやってくることはありません。




今、この心の中を自分でどう整理していいかわからくなっています
今日、2005年1月17日、たくさんの涙を流しました
この10年私を支えてくれたたくさんの人たちへの感謝の想いを
支えにして頑張ってきたはずだったのにね
なんか、今日はその頑張りがききません
しばらく、ゆっくりと悲しみと共に過ごそうと思います

そして、泣いている私に「ママ、大丈夫?」と心配そうに声をかけてくれた
ゆう ちゃんの存在の大切さをしっかりと感じたいと思っています
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しょうくん・・・どうしていますか?
あの時、しょうくんを助けられなかったという
自分を責める思いとママが生き残ってしまったという思いが
再び頭を出してきて、ママの心が苦しがっています
助けられなくて、本当にごめんね・・・・・・

今、しょうくんは、どんな生活をしているのでしょうか
ママの笑顔は、しょうくんの心を温かくしているのでしょうか

もう一度、抱きしめて、たくさんたくさん伝えたいことがあります
どんなに離れていても
ママは、しょうくんのことを絶対に忘れないからね
2005年1月17日
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2013.11.01 Fri l 阪神大震災への想い l コメント (3) トラックバック (0) l top
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